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柴籬神社|かつての都は「歯」にご利益!【御朱印】〜松原市・アクセス〜

柴籬神社

皆さんは「都」と聞くとどこが思い浮かびますか?一般的には「平安京」「平城京」あたりが有名ですね。松原市にも5世紀前半に「丹比柴籬宮」という都があったと言われています。南河内にまさか都があったとは聞いたことがありません…

実は松原市にあるの「柴籬神社」こそが、「丹比柴籬宮」があった場所と言われています。柴籬神社と丹比柴籬宮、また柴籬神社の以外なご利益とはどんなものなのか?今回は松原市にある柴籬神社を紹介します。

丹比柴籬宮と反正天皇

丹比柴籬宮は松原市上田の柴籬神社にあったと言われています。柴籬神社周辺には「極殿山」「大門」「若宮」「反正山」など、都に関連する地名が近くにいくつも残っているようです。丹比柴籬宮に住んでいたのは、第18代天皇「反正天皇」と言われています。仁徳天皇が亡き後、長男の去来穂別が履中天皇として即位。しかし次男の住吉仲皇子がそれに不満を持ち、履中天皇を襲撃。

柴籬神社

その後、三男の瑞歯別が履中天皇を助け住吉仲皇子を殺害。履中天皇が亡くなると瑞歯別が跡を継ぎ、反正天皇として即位します。古事記によれば反正天皇の身長は3m以上、歯の長さも約3cmもあったそうです。ちょっと設定がおかしい気もするんですが・・・。

柴籬神社

当時は平安京や平城京のような華やかな都ではなく質素なものだったそうです。反正天皇が在位し丹比柴籬宮に住んでいた期間は何事も起こらず、平和な期間だったと伝わっています。

柴籬神社とは

柴籬神社の創建について詳しい事は分かっていません。社伝によれば5世紀後半に仁賢天皇の勅令により創建されたと言われています。

柴籬神社
柴籬神社

その後の記録はあまり残っていませんが、慶長年間に兵火により焼失したようです。松原周辺は大阪の役に戦場となっており、その際に焼失したのかもしれません。

現在の柴籬神社

駐車場から南門に向かう途中に大きな看板があり、「第十八代反正天皇都跡」「市名発祥の地」と書かれています。「松原」という地名は、次代の允恭天皇が奈良に遷都する際、宮殿跡を「松生いし丹比の松原」と言われた事が由来と言われています。

柴籬神社看板

神社の正面には鳥居ではなく山門がたてられています。これは柴籬神社内にあった神宮寺「広場山 観念寺」の名残です。観念寺は明治時代の神仏分離令により廃寺となり今では山門と絵馬堂だけが痕跡として残されています。

柴籬神社南門

山門の横と西側入口の前に丹比柴籬宮跡の石碑が建てられています。

丹比柴籬宮跡石碑

山門をくぐって左にあるのは「大歳社」。五穀豊穣、延命、再生の神様とのこと。

柴籬神社

柴籬神社は「開運松原六社参り」の1社であり、西側入口付近には「開運松原六社参り」の碑が置かれています。毎年お正月には、多くの人が参拝に訪れます。

柴籬神社

本殿手前にある「稲荷社」

柴籬神社

こちらが拝殿になります。

柴籬神社

拝殿左奥にある「田坐神社」。田井城地区の氏神でしたが、明治時代に柴籬神社に合祀されています。現在は再び田井城に戻っていますが、社殿は残されています。

柴籬神社



また境内には「好色一代男」などで有名な井原西鶴が柴籬神社に参拝をした際に詠んだ句の記念碑が残されています。この当時から、当地に都があったと認識されていたのですね。

柴籬神社
柴籬神社

珍しい歯のご利益

境内に入ると一際目を引く「歯磨面」と呼ばれる物があります。

歯磨面

柴籬神社の主祭神である反正天皇は別称「多遅比瑞歯別尊」と言われています。名前に「歯」の文字が入っているだけに、生まれながらにして綺麗な歯並びだったようす。それにちなんでこの神社は「歯」の神社としても知られています。

指先で歯に触れるとご利益があると言う事で、虫歯の不安がある人は是非、歯磨面に触れてご利益を頂きたいですね。

柴籬神社

住宅地の中にある神社ですが、地域に溶け込んでおり夕方に訪れたにもかかわらず、人が参拝にきており明るい感じでした。ここに天皇が住まい、日本の中心だったと思うとロマンがありますね。

御朱印

御朱印手書き
初穂料300円

柴籬神社御朱印

アクセスと駐車場

・公共交通機関
近鉄南大阪線「河内松原駅」より徒歩約10分。河内松原駅の南側出口を出て、府道12号線を東へ直進。上田南交差点を南へ曲がり、5分ほど歩いて行くと柴籬神社の看板が見えてきます。

・駐車場
車の場合は隣の「ゆめプラザ」に駐車場がありますので、そこに駐車する事ができます。また境内近くでも数台停めるスペースはあります。

周辺スポット

・大塚山古墳
柴籬神社から徒歩約10分の場所にある古墳。全国で5番目に大きい古墳ですが、埋葬者はわかっていません。

・阿保神社
柴籬神社から徒歩約20分の場所にある神社。奈良時代の貴族「阿保親王」の邸宅があったとされており、摂社に阿保親王が祭られています。開運松原六社参りの一つで、年始には多くの人で賑わいます。

・王仁の聖堂址
柴籬神社から徒歩約15分の場所にあるお堂。応神天皇の時代に、百済から渡来した学者「王仁(わに)」が学校を開いた場所と伝わっています。

・高見神社
柴籬神社から徒歩20分ほどの場所にあるお堂。反正天皇の妻とされる「シンメイさん」を祭る風変わりな神社。

・正井殿
柴籬神社から徒歩15分ほどの場所にある神社。かつては「連理の松」と呼ばれる松の木が存在し、河内鑑名所記にも記載されていました。

柴籬神社データ

神社名柴籬神社
住所大阪府松原市上田七丁目12番22号
祭神瑞歯別命(反正天皇)・菅原道真・依羅宿禰
摂社田坐神社、大歳社、稲荷社、住吉社、歯神社
旧社格村社
式内社なし
祭礼1月:開運松原六社参り
8月8日:歯神社祭
参考資料・松原市ホームページ
・松原の神社
・大阪府神社名鑑


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