野中寺周辺を散策して歴史を体感 ~羽曳野市・野々上八幡神社・法泉禅寺・御朱印・アクセス~

野中寺

羽曳野市にある野中寺(やちゅうじ)は1300年前以上の歴史を持つ由緒あるお寺として知られています。また、野中寺とその周辺には古墳時代から江戸時代まで幅広い歴史的遺構が多く残されており、見どころが多く存在しています。今回は、そんな野中寺と周辺の歴史スポットについて紹介します。

野中寺の沿革

野中寺は飛鳥時代に聖徳太子の命で蘇我馬子により創建されたと言われています。野中寺は別名「中ノ太子」とも呼ばれ、聖徳太子にゆかりの寺である「上ノ太子(叡福寺)」「下ノ太子(大勝聖軍寺)」とともに三太子の一つとして数えられています。

ただ実際のところは渡来系の一族である船氏が祖先を祭るために創建したのではないかとも言われています。藤井寺市や羽曳野市には渡来系一族にゆかりのある神社仏閣が多く存在し、野中寺に近い葛井寺や西琳寺なども渡来系の寺と伝えられています。

創建時には金堂や塔などが建つ大寺院だったようですが、今は創建時の伽藍は失われ跡地は国の指定史跡として残っています。

塔跡
礎石
野中寺
金堂跡

野中寺も南河内における南北朝の争いに巻きこまれたという記録があります。1337年3月、松原にある大塚山古墳を改造した丹下城を拠点とする北朝方の丹下三郎入道西念と岸和田周辺を拠点とする南朝方の岸和田治が野中寺前で合戦となっています。

また野中寺の隣にある野々上八幡神社の社伝によれば1375年、野中寺近辺にあった野中寺城で南朝と北朝による合戦がありました。その合戦により野中寺や野々上八幡神社も兵火に巻き込まれて伽藍を焼失しています。

野々上八幡神社
野々上八幡神社 拝殿
野々上八幡神社 拝殿

その後しばらく廃墟状態となっていたようですが、江戸時代に入り律宗の学問所などが建てられ再建されています。


お染と久松の墓

浄瑠璃や歌舞伎の演目に「野崎村」という心中物の作品があります。その「野崎村」に出てくるお染めと久松の墓が野中寺にはあります。野崎村というのは大阪府大東市にある地域で、野崎観音があるところで知られています。

「野崎村」のざっくりしたあらすじ

野崎村に住む久作には養子の久松と連れ子のお光がいました。久作は将来、久松とお光を結婚させようと思っていましたが、久松は奉公先である天王寺屋の娘お染めと恋仲になります。しかし奉公先の連中に妬まれ店に居辛くなって久松は野崎村に帰還。すると久作はお光と結婚しろとプレッシャーをかけてきます。そんな所に野崎参りと称して久松の所にお染めが押し掛けてさあ大変!

みたいなお話です。(だいぶ適当です)

墓は豪商油屋の天王寺屋が17回忌に二人のために建てたそうでが、なぜ大東市にある野崎村関係者の墓が羽曳野市にあるのか?

お寺のパンフレットによると当時の野中寺には僧侶の学問所があり、天王寺屋はスポンサーの一人でした。その関係で二人供養が野中寺で行われたのではないかという事です。

野中寺の見どころ

野中寺には国の重要文化財である銅造弥勒菩薩半跏思惟像という長い名前の像があります。

この18.5cmの小ぶりの像は大正時代に寺の倉から偶然発見されたそうです。台座には「いつ」「何の為に作られた」が記されており、当時の様子を知る事ができる資料としても価値が高いものとされています。

解釈がまだ定まってはいないようですが、666年にある天皇の病気の回復を祈願して作られたとされています。ある天皇が誰なのかについては諸説があり解明されていません。

ヒチンジョ池西古墳石棺

1946年に野中寺から1kmほど離れた古墳から発掘され、野中寺で保存されている石棺です。南河内と奈良にまたがる二上山から採れる凝灰石を加工して作られたものとの事。しかし石棺をなぜ野中寺で保存しているのかは謎…これだけ重たいと動かすのも大変なので取りあえず近場でというところでしょうか?

聖徳太子石像

聖徳太子の像と言われていた、朝鮮風石像があった所です。この像もいつ、誰が、誰をモチーフにしたかはよくわかっていません。

残念ながら昨年京都の高麗美術館に保管場所を移したそうでみれませんでした。残念!

法泉禅寺

野中寺から南へ200mほど行った所に法泉禅寺があります。このお寺はかつては野中寺の別院でした。

江戸時代に黄檗宗のお寺として独立し現在に至っています。本尊である聖観音立像はもともと野中寺にあったものでしたが、独立の際に法泉禅寺に移されました。

野中寺と法泉禅寺の間にある元野中寺伽藍礎石

まとめ

野中寺周辺はわりと交通量の多い騒々しい所なのですが、境内に入ると一転静かで落ち着いた雰囲気に包まれています。

境内には国の重要文化財だけではなく古墳の石棺やお染と久松の墓など、バラエティーに富んだお寺と言えます。隣の野ノ上八幡神社や法泉禅寺以外にも近くには仁賢天皇陵、仲哀天皇陵など史跡が色々ありますので、ブラブラ歩いているだけでも楽しめるのではないでしょうか。

毎月18日には銅造弥勒菩薩半跏思惟像ともう一つの重要文化財である木造地蔵菩薩立像が公開されています。今回はその日ではなかったので、拝観することができませんでしたが、タイミングが合えば見に行きたいですね。
野中寺御朱印

青龍山 野中寺データ


住 所:大阪府羽曳野市野々上5丁目9番24号
駐車場:あり
アクセス:近鉄南大阪線 藤井寺駅より南へ15分

山 号:青龍山
宗 派:高野山真言宗
本 尊:薬師如来
開 祖:蘇我馬子・聖徳太子
札 所:聖徳太子霊跡5番
西国薬師四十九霊場14番

法泉禅寺データ


住 所:〒583-0871 大阪府羽曳野市野々上3丁目4-32
駐車場:あり
アクセス:近鉄南大阪線 藤井寺駅より南へ20分

宗 派:黄檗宗(おうばくしゅう)
本 尊:聖観音立像