我堂八幡宮 | となりの鎮守様シリーズVol.1 〜松原市 アクセス〜

我堂八幡宮
古くから地元を守り続ける神社を紹介する「となりの鎮守様」シリーズ。第1回は大阪府松原市にある「我堂八幡宮」です。




今回は「開運松原六社参り」の1社としてもよく知られている、我堂八幡宮を紹介いたします。

我堂八幡宮の沿革

社伝によれば創建は1680年、京都の石清水八幡宮より分霊された事から始まったと言われています。開運松原六社参りの他の5社は、かなり古い歴史を持ちますが「我堂八幡宮」この中では比較的新しい神社になります。

柴籬神社    500年頃
阿麻美許曽神社 800年頃
布忍神社    800年頃
阿保神社    900年頃
屯倉神社    942年頃
我堂八幡宮   1680年

そのお陰もあり、南河内でよくある南北朝時代や戦国時代に戦乱で焼失するパターンにハマることもなく平和な歴史となっています。

江戸時代には「十五神社」や「氏神十五社神」と呼ばれていましたが、明治時代に入り「八幡神社」と改称。大正時代には「産土神社」と改めるも、のちに「我堂八幡宮」と称するようになりました。




時代の流れによるものか神社の名称が「十五神社」→「八幡神社」→「産土神社」→「我堂八幡宮」or「厄除宮」と名前が変わっています。八幡神社も産土神社も固有名詞と言うより神社のジャンルの総称に近く、神社が創建された頃から正式な名前がなかったのかもしれません。

主祭神は八幡宮と言うことで誉田別命こと応仁天皇を祭っている他、厄除けの「厄除宮」としても知られています。

かつて境内には黄檗宗の神宮寺があったそうですが、明治初期の廃仏毀釈により廃寺となります。本尊であった阿弥陀仏如来像は我堂八幡宮近くにある「善正寺」に移されて保管されています。現在、神宮寺があった場所には社務所が建っています。

「開運松原六社参り」の一つとして毎年正月には多くの人でにぎわっています。

我堂八幡宮

我堂八幡宮の境内

我堂八幡宮
境内の入り口は北側と西側の2箇所ありますが、元々は西側が参道の入り口だったそうです。境内は広くはありませんが、興味深いものがいくつかありますので紹介いたします。
我堂八幡宮

拝 殿

我堂八幡宮は少しカラフルな拝殿となっています。わりと地味な色彩が多い南河内の神社のなかでも少し珍しい部類に入るのではないでしょうか?
我堂八幡宮
我堂八幡宮

御神木「楠」と摂社「白髭社」

摂社「白髭社」では猿田彦神を祭っています。御由緒によると神殿背後にある樹齢200年を超える「楠」には大きな瘤があり、瘤の窪んだ個所に雨水や枯れ葉が腐って溜まり土壌化しています。その土壌化したくぼみに南天が育つという不思議な光景を見れます。
我堂八幡宮
南天は災い転じる木として喜ばれており、樹木の生命力の強さにあやかって「白髭社」にて白髭大神を祭っているそうです。
我堂八幡宮

力石

我堂八幡宮の西鳥居には「力石」と呼ばれる楕円形の自然石が置かれています。この力石は明治初期に東我堂村、西我堂村の若者が力試しに使われたと言われています。
我堂八幡宮

まとめ

我堂八幡宮

南河内にある神社の歴史を調べていると、天皇の勅命による創建であったり、貴族が祖先を祭るために建てられたとするパターンが多く見られます。しかし我堂八幡宮は江戸時代に創建されたとあって、地元で自然発生的に建てられたというイメージがあります。

1680年の「我堂村検地絵図」では社名がなく、鳥居マークだったという事からもそれが窺えます。我堂八幡宮の近くにはここ以外にあまり神社がないので、村人たちが集まる行事などによく利用されたのではないでしょうか?地元にとって無くてはならない神社だったと感じる神社ですね。




我堂八幡宮データ

住 所:大阪府松原市天美我堂4丁目11−20
駐車場:数台あり
アクセス:近鉄南大阪 河内天美駅徒歩20分。もしくは河内天美駅から南海バスで天美我堂下車スグ。
祭 神:誉田別命
摂 社:刀比羅宮、天雨神社、末廣稲荷神社、白髭神社
祭 礼:例祭・10月15日、夏祭・7月15日