羽曳野市 羽曳野市の古墳

墓山古墳|陪塚なのに大王級の陵墓?〜羽曳野市〜

墓山古墳

南河内の古墳を紹介する「ぶら古墳シリーズ」。今回は、羽曳野市白鳥にある「墓山古墳(はかやまこふん)」です。墓山古墳は、世界文化遺産にも登録されている百舌鳥古市古墳群の一つで、全長200mを超える巨大前方後円墳。

応神天皇陵の陪塚に指定されていますが、その大きさや環境から、大王クラスが埋葬される独立した古墳と考えられています。大王クラスもの古墳にもかかわらず、陪塚に指定されている古墳とはどのようなものなのか?今回は羽曳野市白鳥にある「墓山古墳」を紹介します。

墓山古墳とは

墓山古墳は、全長225m、高さは20.7mの前方後円墳。全国の古墳では22番目、古市古墳群の中では5番目に大きい古墳です。

墓山古墳



墳丘に葺石が敷かれており、円筒埴輪などの形状から、5世紀前半に築造されたと考えられています。墳丘は三段に築かれ、両方のくびれ部に造り出しと呼ばれる出っ張りを有します。周囲に約15mの堀を有しており、幅約37mの堤を巡らしていたとのこと。

墓山古墳は、藤井寺市にある市ノ山古墳(允恭天皇陵)とほぼ同型同寸に造られています。古墳は、土師氏などの専門集団が築造しており、同じ設計図を基に築造されたのかもしれません。かつて、後円部から大量の勾玉や人、家、衣蓋、盾、靱(ゆき)、短甲形などの形象埴輪が出土したとのこと。

墓山古墳
人物埴輪(近い飛鳥博物館にあるレプリカ)

埋葬施設は不明ですが、後円部に格子目を刻んだ竜山石製で作られた石棺の蓋石が露出していたといわれています。このことから埋葬施設は、竪穴式石室と考えられています。

墓山古墳は宮内庁より「応神天皇陵ほ号陪冢」として応神天皇陵の陪塚に指定され、中に入ることはできません。宮内庁が管理しているのは、墳丘のみですが、堤と墳丘は国史跡に指定されています。宮内庁の管理と国史跡が重複されているのは、珍しいとのこと。

数多くの陪塚

墓山古墳にも陪塚と考えられている古墳が4基(1基は消滅)存在します。墓山古墳は、応神天皇陵の陪塚に指定されているにもかかわらず、陪塚に陪塚が存在する不可思議な状態なっています。

・向墓山古墳

向墓山古墳

墓山古墳の東側にある方墳。墓山古墳の築造時に、向墓山古墳も築造されたと考えられています。向墓山古墳とは二ヶ所の土橋で墓山古墳の外堤とつながっていたとのこと。

・西墓山古墳

墓山古墳の西側にあった方墳。マンション建設時に古墳の存在が判明。マンション建設前から既に墳丘は消失しており、現在は完全に失われています。発掘調査の結果、人が埋葬されていた形跡はなく、大量の鉄剣などが出土。

・浄元寺山古墳

浄元寺山古墳

墓山古墳の西側にある方墳。墓山古墳の外堤沿ってに水平に築造されています。

・野中古墳

野中古墳

墓山古墳の北側にある方墳。野中古墳からは11領の甲冑が出土しています。

浄元寺山古墳と向墓山古墳は、古市古墳群の中でも最大級の方墳であり、西墓山古墳、野中古墳からは大量の鉄製武具が見つかっています。

この時代、鉄を大量に保有する事は権力の証でした。古墳規模、巨大陪塚、鉄製武具の出土量から、墓山古墳には大王級の人物が埋葬されている可能性があります。

現在の墓山古墳

墓山古墳は、羽曳野市役所の隣に存在します。ちょうど藤井寺市との境界にあり、4基の陪塚のうち3基は藤井寺市に属しています。古市方面から歩くと、墓山古墳の手前に「向墓山古墳」が存在。墓山古墳と向墓山古墳とは、土橋で結ばれていたということで、向墓山古墳の被葬者は、墓山古墳の被葬者と深いつながりがあったようです。

向墓山古墳

こちらが墓山古墳の後円部。分かりにくいですが、宮内庁により建てられた「応神天皇陵ほ号陪冢」の石碑を見ることができます。

墓山古墳の正面
墓山古墳の石碑

墓山古墳という名前名だけに、南側と西側は墓地となっています。市街地にある古墳だけに周囲は、住宅地により囲まれており、古墳を一周することはできません。後円部から右側は、古墳沿いに少し遊歩道があり、古墳をみることが可能。

墓山古墳の側面

住宅街に入り前方部へ。途中に「浄元寺山古墳」をみることができます。浄元寺山古墳の南側には、西墓山古墳がありましたが、現在は公園と住宅地になり消滅しています。

浄元寺山古墳
浄元寺山古墳

公園と浄元寺山古墳の間を抜け、墓地を通り抜けた先に墓山古墳の案内板が存在。この場所は開けているので、墓山古墳の前円部が一望できます。

墓山古墳

全景が見えないので、なかなか巨大さが伝わりにくいのですが、全国で22番目の規模を誇ります。墓山古墳の築造時期は、応神天皇陵より前とされており、該当しそうな皇族は果たして誰なのか、非常に興味深いところです。

墓山古墳データ

古墳名墓山古墳
住所大阪府羽曳野市白鳥3丁目583
墳形前方後円墳
一辺225m
高さ20.7m
築造時期5世紀前半
埋葬施設竪穴式石室(?)
被葬者不明
参考資料・新版古市古墳群
・古市古墳群をあるく【久世仁士】
・羽曳野市史

アクセスと駐車場

・公共交通機関
近鉄南大阪線「古市駅」下車。駅を西へ向かい、旧170号線を北上すると白鳥西の交差点で左右の道に分かれます。左を北に2分程歩くと羽曳野市役所があるので、建物の手前の道を左折して直進。古市駅より徒歩約10分。

・自動車
墓山古墳の隣にある羽曳野市役所に有料の駐車場が存在します。また、古市駅付近にも有料駐車場が存在します。

周辺スポット

・応神天皇陵/誉田御廟山古墳
墓山古墳から、徒歩10分ほど場所にある古墳。全国で2位の規模を誇る巨大前方後円墳。応神天皇の陵とされています。

・羽曳野市文化財展示
墓山古墳の隣にある資料館。古市古墳群から出土した様々な品が展示されています。入館料は無料ですが、土日祝日は閉館。

・桃井春蔵の墓
墓山古墳の南側にある墓地にある、桃井春蔵の墓。桃井春蔵は江戸三大道場の一つ「士学館」4代目館主です。幕末に活躍し、晩年を羽曳野で過ごした人物。

・西馬塚古墳
墓山古墳から徒歩5分ほどの場所にある古墳。墓山古墳の陪塚との説もありますが、詳細は不明。一辺45mの方墳で、世界文化遺産の一つ。

・誉田八幡宮
墓山古墳から徒歩10分ほどの場所にある神社。応神天皇を祭る日本最古の八幡宮として知られています。9月に行われる「お渡り」では、応神天皇陵の内堤まで入ることができます。

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