お亀石古墳 | 古墳とお寺の意外な関係 ぶら古墳 Vol.33 〜富田林市〜

お亀石古墳南河内にある古墳を紹介していく「ぶら古墳シリーズ」。第33回は富田林市にある「お亀石古墳」です。



お亀石古墳とは

方墳お亀石古墳は一辺21mの方墳で、7世紀後半に築造された終末古墳。古墳は標高約98m羽曳野丘陵の尾根にあり、北、西、東を山に囲まれ、南側はかつて谷があり、水が流れていました。

お亀石古墳

背後に山、前方に水を擁する地形は「四神相応の地」と呼ばれ、風水的な地形を考慮して築造されたようです。




埋葬施設は南側に開口部を持つ横口式石槨。古墳周辺には川原石が100個ほど散らばっており、石槨の入り口を塞いでいた石が、盗掘の際にバラまかれたようです。

お亀石古墳は、飛鳥時代を知る上で貴重な古墳として知られています。それは石棺の周囲を壁状に重ねられていた飛鳥時代の瓦。

この瓦は、お亀石古墳の東側に存在した「新堂廃寺」に使用されていた瓦と同じ物だったのです。その瓦を焼いた窯跡がお亀石古墳の麓で見つかっており「オガンジ池瓦窯跡」と名付けられています。

この共通点からお亀石古墳の埋葬者は、新堂廃寺を創建した一族と密接な関係があったようです。

飛鳥時代に入ると、古墳は縮小傾向になる一方、仏教の普及により寺院の建立が進みます。お亀石古墳は、祭祀が古墳から寺院へ変わる過渡期の古墳として貴重な史跡となっています。

現在のお亀石古墳

お亀石古墳お亀石古墳へ向かう前に、新堂廃寺跡に向かいます。廃寺跡と言うだけに、どこからどう見てもただの空き地です。しかし、飛鳥時代にはこの場所に金堂や塔など荘厳な伽藍があったのです。現在は隣の広場でお爺ちゃん達がグランドゴルフに興じる、のどかな光景がみられます。お亀石古墳

次にオガンジ池瓦窯跡に向かいますが、地図上で最短距離だと思っていた道が、まさかの私道で通れず!目の前に見えていますが、恐ろしく回り道をしてオガンジ池瓦窯跡へ。




たどり着いたオガンジ池瓦窯跡は、どこからどう見てもただの池なのでコメントのしようがないのが特徴。かつてこの付近で瓦を製造し、新堂廃寺やお亀石古墳へ瓦を供給していたようです。「オガンジ池瓦窯跡」と書かれた看板の傾き加減が、いい味を醸し出しています。お亀石古墳

オガンジ池瓦窯跡の先にある細い道を抜け、小高い丘の上にお亀石古墳は存在します。そんなに多くの人は来ないのか、上へ登る道もあるような無いような微妙な感じ。多分、夏場に来たら草だらけで分からないでしょうね…お亀石古墳

登り切ると富田林が一望!と言う訳でもなく、グランドが一望できます。しかし、高台で開放感があるため、とても気持ち良い雰囲気です。お亀石古墳

お亀石古墳は終末古墳によくある、石槨がむき出しになっているパターン。しかし、石槨部が比較的良好に保たれているので、見応えがあります。お亀石古墳

素人目に専門的な事はわかりませんが、直線がビシッとでています。観音塚古墳ほどではありませんが、精巧に造られていると感じます。お亀石古墳

石槨の後部には家型石棺が見えています。石棺の石蓋には6ヶ所の突起があり、その姿が亀の形に見えたことから「お亀石」の由来となったそうです。言われてみると確かに亀に似てますね。ちょっと埋もれて分かりにくいですが…お亀石古墳

この「お亀石古墳」、石槨も石棺も結構大きな石で造られています。鉢伏山西峰古墳ほどではありませんが、ここまで石を運んでくるのは、かなりキツいだろうな…と。私なら「これを運べ」と言われたら家に帰りますね…



アクセスと周辺スポット

近鉄長野線「富田林駅」より徒歩約20分。車の場合は近くにある「富田林緑ヶ丘住宅」の駐車場が一部コインパーキングになっており、最寄りの駐車場になります。

お亀石古墳から北へ徒歩20分ほどの場所に、古墳時代からの歴史をもつ「美具久留御魂神社」もありお勧めです。

美具久留御魂神社 | 出雲と美具久留御魂神社の意外な関係とは? となりの鎮守様シリーズVol.5 〜富田林市〜

お亀石古墳データ

古   墳:お亀石古墳
墳   形:方墳
築造の時期:7世紀前半
所 在 地:大阪府富田林市大字中野
全   長:21m
高   さ:不明
埋   葬:不明
埋葬の形式:横口式石槨