二ツ塚古墳 | 埋葬者は応神天皇に近い人? ぶら古墳 Vol.35 〜羽曳野市 百舌鳥古市古墳群〜

二ツ塚古墳南河内の古墳を紹介する「ぶら古墳シリーズ」。第35回は羽曳野市にある「二ツ塚古墳」です。百舌鳥古市古墳群の一つで世界遺産リスト「33-3」に登録されています。



二ツ塚古墳とは

二ツ塚古墳二ツ塚古墳は全長110m、高さ9.9mの4世紀後半に築造された前方後円墳。周辺からは、円筒埴輪や形象埴輪が出土しています。宮内庁に管理されているため、中に入ることはできません。

二ツ塚古墳は応神天皇陵の内堤に食い込む形で存在しています。なぜそんな不思議な事になっているのか?それは二つ塚古墳が応神天皇陵が築造されるより、50年ほど前に築造されているからです。
二ツ塚古墳
応神天皇陵を築造する際、元から存在した二ツ塚古墳を配慮して築造しています。そのため、応神天皇陵の内濠と内堤は二ツ塚古をよける様にカーブしています。




では、違う場所に築造すればいいのではないかと思いますが、そうもいかないようです。おそらく、二つ塚古墳の埋葬者は応神天皇にとって重要人物の為、近くに築造する必要があったと思われます。

現在の応神天皇陵より東に築造すると石川沿に接してしまいます。北には既に仲津山古墳があり、西側は巨大な古墳を築くには地盤的に問題がありました。

このような理由から、二つ塚古墳に食い込むように応神天皇陵は築造されたようです。

現在の二ツ塚古墳

二ツ塚古墳二ツ塚古墳は住宅地に囲まれている上に、応神天皇陵とほぼ一体化しているので、少しわかりにくい古墳です。

西側は応神天皇陵と接し、南北は住宅に接しています。東側はテニスコートになっており、フェンス越しに、古墳の側面を確認する事が出来ます。ただ、テニスコートのフェンスには「応神天皇陵古墳」と書かれていますが・・・二ツ塚古墳

仮に「二ツ塚古墳」と書いたところで、知らない人が見たら「この大きな古墳が二ツ塚古墳かぁ」と思う人がいるので仕方がないかもしれません。

フェンス越しに見ても雑木林にしか見えないので、コメントのしようがない困った古墳です。応神天皇に親しい人物の誰が埋葬されているのか?その点に置いて興味深い古墳と言えます。二ツ塚古墳
ちなみに同じテニスコートの脇には応神天皇陵の陪塚「東馬塚古墳」も存在します。フェンス越しになりますが近くで見ることが可能。

東馬塚古墳 | ぶら古墳 Vol. 1 〜羽曳野市 百舌鳥古市古墳群〜


また、二ツ塚古墳から徒歩5分ぐらいのところにも応神天皇陵の陪塚「栗塚古墳」も存在します。

栗塚古墳 | ぶら古墳 Vol.24 〜藤井寺 百舌鳥古市古墳群〜

アクセスと周辺スポット

近鉄南大阪線「道明寺駅」より徒歩約15分になります。二ツ塚古墳だけを見に行く事は無いと思いますので、道明寺で降りて、道明寺~大鳥塚古墳~応神天皇陵遙拝所~二ツ塚古墳~東馬塚古墳~栗塚古墳~誉田八幡宮~近鉄古市駅というコースなら史跡巡りを堪能できるのではないでしょうか?



二ツ塚古墳古墳データ

古   墳:二ツ塚古墳古墳
墳   形:前方後円墳
築造の時期:4世紀後半
所 在 地:大阪府羽曳野市誉田6丁目
全   長:110m
高   さ:9.9m
埋葬の施設:不明
埋   葬:不明