春日山田皇女陵(高屋八幡山古墳)|初の女帝になりかけた春日山田皇女の陵 ぶら古墳Vol55

春日山田皇女陵(高屋八幡山古墳)南河内の古墳を紹介する「ぶら古墳シリーズ」。第55回は羽曳野市にある「春日山田皇女陵(高屋八幡山古墳)」です。百舌鳥古市古墳群の一つですが、世界文化遺産リストには登録されていません。




春日山田皇女と言っても知名度は高くありませんが、安閑天皇の皇后です。ただ、安閑天皇も知名度が高くない天皇なので、馴染みが無さ過ぎるという人物かもしれません。

しかし春日山田皇女は優れた人物だったようで、実は初の女性天皇になっていた可能性もあっんです。そんな春日山田皇女はどんな人物で、どんな陵なのか?今回は春日山田皇女陵こと「高屋八幡山古墳」を紹介します。

春日山田皇女陵(高屋八幡山古墳)とは

春日山田皇女陵(高屋八幡山古墳)は、元々全長約85mの前方後円墳で6世紀初頭に築造されたと考えられています。かつては墳丘に葺石がほどこされ、盾形の周濠を有していました。濠を含めると全長110mにおよび、中型の前方後円墳になります。前方後円墳

宮内庁より「古市高屋陵(ふるちのたかやのみささぎ)」として春日山田皇女の陵に比定されており、古墳内に入ることはできません。春日山田皇女陵(高屋八幡山古墳)

現在は墳丘が改変されており、一辺約30m程の方墳になっています。春日山田皇女陵周辺は、南北朝時代に「高屋城」が存在し、築城時に平削されたと考えられています。

高屋城は約40m程の丘陵部に存在し、東を石川、西を断崖に守られた天然の要害。高屋城は巨大な城で、南北800mを誇る南河内の一大拠点でした。

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春日山田皇女陵(高屋八幡山古墳)は、高屋城において「二の丸」あたりに存在。高屋城の中心部に位置しており、完全に平削されなかったのが不思議に思えるほどです。

周辺の発掘調査により円筒埴輪、朝顔形埴輪、家・人物の形象埴輪が出土しています。円筒埴輪の形状から6世紀初頭に築かれたと考えられています。春日山田皇女陵(高屋八幡山古墳)古墳周辺を所有していた旧家より、画文帯神獣鏡1面、琥珀玉1点、金銅製飾履破片、鉄剣破片数点が所蔵されています。詳しいことはわかっていませんが、春日山田皇女陵(高屋八幡山古墳)から出土したものではないかと考えられています。




墳丘全体の調査が行われていないので、埋葬施設は不明。日本書紀によれば春日山田皇女は、安閑天皇陵(高屋築山古墳)に合葬されたと記されており、実際に高屋八幡山古墳に春日山田皇女が祭られているのかは、わかりません。

安閑天皇陵(高屋築山古墳)に安閑天皇が本当に祭られているかについても確実ではありません。しかし、安閑天皇陵(高屋築山古墳)と春日山田皇女陵(高屋八幡山古墳)は築造されて時期も距離も近く、両古墳には密接な関係にあったと思われます。

春日山田皇女とは

春日山田皇女とは第27代安閑天皇の皇后として知られています。父は仁賢天皇、母は和珥氏。

安閑天皇陵
安閑天皇陵

夫である安閑天皇は継体天皇の長男。武烈天皇が世継ぎが無くなくなったことで、仁徳天皇の系統が断絶。そこで、応神天皇の血を引く継体天皇が福井から擁立されました。

継体天皇
足羽山の継体天皇像
立花左近 [CC BY-SA 3.0 (https://creativecommons.org/licenses/by-sa/3.0)]
仁徳系から遠い血縁の継体天皇が継ぐことについては、何かと問題があったようで、福井から奈良の都に入るまでには20年近い年月を要しています。

継体天皇は、自身の正統性を強化するために、仁徳系の武烈天皇の姉を皇后として迎えています。その影響もあり、息子の安閑天皇も仁徳系の仁賢天皇の娘を皇后に迎えたと思われます。

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春日山田皇女については、日本書紀にいくつか興味深いエピソードがあるので紹介します。

後宮乱入事件

ある日、内膳卿膳臣大麻呂(かしわでのつかさのきみかしわでのおみおおまろ)は稚子直(わくごのあたい)に真珠を献上するように命じます。

しかし稚子直は、真珠を献上するのが遅れ、内膳卿膳臣大麻呂の怒りを買ってしまいました。稚子直は捕まり尋問されますが、恐怖のあまり逃亡。しかし逃げた先が、春日山田皇女の寝所だったことで、春日山田皇女は大パニックになり転倒。




稚子直は、真珠の件と寝所乱入の騒ぎで重罪になりますが、春日山田皇女に自分の土地を献上することで事件は収まりました。春日山田皇女、完全にとばっちり。

屯倉ウソ事件

あるとき安閑天皇は「皇后は、都では誰でも知ってるけど、外じゃ無名でしょ?だらか、いい土地と宮殿を作って、後世に名前残すべきじゃない?」などと言い出します。

そこで、大河内直味張(おおしこうちのあたいあじはり)の持つ屯倉「雌雉田」がターゲットに。雌雉田は多くの米がとれる良田だったので、味張は献上するのが惜しくなりました。そこで味張は「雌雉田は水はけの悪い土地です」と偽り、献上を阻止しようとします。その後、ウソがバレて味張は罪を問われそうになりますが、大臣に賄賂を贈り、別の貢ぎ物を献上することで許されます。春日山田皇女、完全にとばっちり。

盗難首飾り事件

廬城部連莒喩(いおきべのむらじきおこ)の娘である幡媛(はたひめ)は、物部尾輿(もののべのおこし)の持つ首飾りを盗んで春日山田皇女へ献上。




もちろん速攻でバレて大目玉。というか、朝廷の最有力者ともいえる物部氏のボスの首飾りを盗んで献上とか、どんな神経をしてるのでしょうか・・・

物部尾輿『前賢故実』より
物部尾輿『前賢故実』より
パブリックドメイン/Wikipediaより

廬城部連莒喩は娘を従者として献上するほか、自分の土地をさしだして罪を償います。物部尾輿も、自分が関わっていることを不安に思って、自身の土地をいくつか献上して事なきを得ます。春日山田皇女、完全にとばっちり。

初女帝のチャンス

安閑天皇が崩御すると、宣化天皇が跡を継ぎますが、わずか数年で宣化天皇も崩御。順番では、継体天皇の三男である欽明天皇が跡を継ぐことになります。しかし欽明天皇は「自分はまだ若輩者なので春日山田皇女に政務をとってもらいたい」と弱気なことを言い出します。

欽明天皇
欽明天皇
Published by 三英舎 (San’ei-sha) [Public domain]
名指しされた春日山田皇女ですが、恐縮してそれを辞退。結局、欽明天皇が跡をついで、日本初の女帝になることはありませんでした。

現在の春日山田皇女陵(高屋八幡山古墳)

春日山田皇女陵(高屋八幡山古墳)現在の春日山田皇女陵(高屋八幡山古墳)は住宅地のど真ん中に存在しています。本来ならば、国道沿いの参道から行きたいところですが、交通量が多く少し危ないので住宅地を抜けてやってきました。もとは前方後円墳でしたが、面影はなく四角い方墳にしか見えません。春日山田皇女陵(高屋八幡山古墳)

古市古墳群では、古墳と住宅の間がギリギリまで接しているところが多く存在します。しかし春日山田皇女陵(高屋八幡山古墳)は、3方を道路に接しているため、少し余裕をもってみることができます。春日山田皇女陵(高屋八幡山古墳)

ただし、遥拝所側が住宅地とギリギリまで接しており、遥拝所は非常に狭いです。春日山田皇女陵(高屋八幡山古墳)

参道も非常に狭く、初めは参道だと気づきませんでした。春日山田皇女陵(高屋八幡山古墳)

遥拝所の白州で目を引くのは、この松の木。遥拝所の白洲に松の木が生えているのは、珍しいかもしれません。根っこが浮き気味なんですが、しっかり根付いているんでしょうか?春日山田皇女陵(高屋八幡山古墳)

春日山田皇女陵から徒歩5分ぐらいの場所に安閑天皇陵が存在します。仁徳天皇の系統である春日山田皇女と安閑天皇の婚姻は、正統性を示す為の政略結婚と思われます。しかし、日本書紀において2人は、皇位を継承する前から和歌のやり取りを行うなど、仲が良かったようです。




エピソードでは色々とトラブルに巻き込まれていますが、盗んだ首飾りを贈り歓心を買おうとされたり、欽明天皇に皇位を任されそうになっています。その事から考えても、春日山田皇女は優れた人物で、見識の高い人物だったのではないでしょうか?

アクセス

近鉄南大阪線「古市駅」より徒歩約15分。古市駅から西へ歩き、旧国道170号線を左折して南へ向かいます。南へ5分程歩くと、安閑天皇陵が見えてきます。そのまま旧170号線を進み、城山交差点の少し手前に「春日山田皇女陵」の参道石碑があります。春日山田皇女陵(高屋八幡山古墳)ただ、安閑天皇陵より先は歩道がない個所が多く、旧国道170号線は交通量が多いので避けたいところです。なので、安閑天皇陵に入り、左手の道を進み、住宅街から向かうほうがいいでしょう。安閑天皇陵から5分ほど南に歩いた住宅地に春日山田皇女陵(高屋八幡山古墳)が存在します。

周辺スポット

安閑天皇陵(高屋築山古墳)

安閑天皇陵

春日山田皇女の夫である安閑天皇の陵。南北朝時代に築かれた高屋城において本丸に利用されていました。

安閑天皇陵(高屋築山古墳) | 天皇陵が城の本丸? ぶら古墳 Vol.13 〜羽曳野市〜

向原山 西琳寺

西琳寺春日山田皇女陵(高屋八幡山古墳)から、北へ徒歩15分ほどの場所に存在する西琳寺。7世紀前半に、百済系渡来人の王仁の後裔である、西文氏により創建されたとされる由緒あるお寺。

西琳寺 | 繁栄と荒廃 時代の荒波を乗り越えて・・・ ~羽曳野市 アクセス ~

高屋八幡山古墳(春日山田皇女陵)データ

古   墳:高屋八幡山古墳
通   称:春日山田皇女陵
宮内庁名称:古市高屋陵(ふるちのたかやのみささぎ)
墳   形:前方後円墳
築造の時期:6世紀前半
所 在 地:羽曳野市古市5丁目
全   長:墳丘長85m
高   さ:不明
埋   葬:春日山田皇女
埋葬の施設:不明