南河内の古墳を紹介する「ぶら古墳シリーズ」。今回は、藤井寺市野中にある「野中宮山古墳」です。百舌鳥古市古墳群の一つですが、世界文化遺産登録リストには含まれていません。別名「足塚古墳」とも呼ばれており、藤井寺八景の一つともなっています。
野中宮山古墳とは
野中宮山古墳は全長154m、高さ14.1mの5世紀前半に築造された前方後円墳。
野中宮山古墳の少し西には野中寺と野々上八幡神社が、少し南には野中古墳と「野」の字がつく場所が多く存在します。ちなみに野中寺は「やちゅうじ」と読みますが…
野中宮山古墳内は色々と改造されており、公園、神社、幼稚園、畑が存在し、元の墳形を色々と侵食しています。神社は分からなくもないですが、畑なんてどういった経緯で個人の土地になったんでしょうね…
色んなものが混在する古墳ですが、良く言えば地域に根ざしたフレンドリーな古墳とも言えます。
古墳の前方部にある藤井寺南幼稚園の分園ですが、明治時代まで「満願寺」というお寺があった場所でした。なかなか栄えていたお寺だったそうですが、神仏分離令により廃寺へ。
神社の歴史を調べていると神仏分離令により神宮寺が廃寺になるパターンが数多くあります。時代の流れだったとは言え、これにより失われた文化の大きさは計り知れないと非常に残念に思います。
古墳の後円部には「野中神社」が存在。案内板によると彦國葺命、素盞嗚命を祭神とし、875年に野中郷の鎮守として創建されたと言われています。素盞嗚命はお馴染みの神様ですが、彦國葺命というのは神様ではなく、古代の貴族という珍しいパターンかもしれません。
1909年に同じ藤井寺市にある辛國神社に合祀されますが、1950年に住民の強い要望により現在地に復帰。

辛國神社
野中宮山古墳の「宮山」という名は、野中神社から由来するようです。あまり手の入っていない雰囲気の神社ですが、桜のシーズンになると多くの人で賑わうとの事。
野中宮山古墳の規模は154mと中型サイズ。かつては周濠と堤を持つ古墳でしたが、堤は消滅し周濠には1/3ほど水が残る状態です。残りの周濠は埋め立てられており、畑と歩道と野中宮山児童公園として整備されています。
野中宮山古墳からは円筒埴輪をはじめ、家、盾、動物など様々な埴輪が出土しており、埴輪の種類から5世紀前半に造られたと言われています。竪穴式石棺があると推測されていますが詳細は分かっていません。
はさみ山遺跡にまつわるお話
野中宮山古墳から道を挟んですぐ北側には、百舌鳥古市古墳群世界遺産推薦リストにも入っている「はざみ山古墳」が存在。はざみ山古墳は五世紀中頃に造られた古墳で、野中宮山古墳より少し後に築造されています。
同規模のサイズで平行に存在し、ピッタリ東西逆にお互い並んでいることから、野中宮山古墳と何かの関係があるとも考えられます。
野中宮山古墳とはざみ山古墳周辺には、石器時代の集落が存在した「はさみ山遺跡」が見つかっています。どうでもいいのですが、何で古墳は「はざみ」なのに遺跡の方は「はさみ」と言うのでしょうね…
このはさみ山遺跡ですが、2018年途中までプロ野球「東北楽天ゴールデンイーグルス」の監督を務めていた梨田監督に関する逸話があります。
元々近鉄バッファローズ出身で、近鉄バッファローズの本拠地が藤井寺にあったことから、梨田監督は藤井寺とゆかりのある方でした。
その梨田監督が1986年、自宅兼商業ビルを建てるために野中宮山古墳近くの土地を購入。しかしその後の調査で購入した土地から旧石器時代の住居跡などがみつかり、購入した土地がはさみ山遺跡に含まれていた事が判明します。
この時代はまだ、洞穴などを利用した住居が多かったにもかかわらず、平地での住居が見つかったことで、大阪で人が住んでいた最古の遺跡として注目されたそうです。そしてその場所は梨田監督の名前にちなんで、「はさみ山遺跡梨田地点」と正式名称がつけられています。
購入した土地から遺跡が見つかり、さらにその場所名に自分の名前が入るのはどうなんだろうかと思いますが、梨田監督的には宣伝にもなると喜んでいたようです。現在その場所は20センチほど砂を盛り鉄筋コンクリートで蓋をして人工地盤に改良した上で保存されています。
アクセスと駐車場
・公共交通機関
近鉄南大阪線「藤井寺駅」より徒歩約25分、もしくは藤井寺駅より古市駅行きの近鉄バスにて「藤ケ丘」下車徒歩約5分。
・自動車
野中宮山古墳に駐車場はありません。徒歩5分ほどの場所に、羽曳野市役所の有料駐車場がありますので、そこから徒歩がオススメです。
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野中宮山古墳データ
別名:足塚古墳
墳形:前方後円墳
築造時期:5世紀前半
所在地:大阪府藤井寺市野中2丁目
全長:154m
高さ:14.1m
埋葬:不明
古墳内立入:可能
野中神社データ
住所:大阪府藤井寺市野中2-5
駐車場:なし
主祭神:彦國葺命、素盞嗚命