羽曳野市にある観音塚古墳です。全然気づいてなかったのですが、最寄り駅の上ノ太子駅は羽曳野市に属しているんですね。駅名だけ見て太子町と思いこんでいました。
この辺りはちょうど竹内街道が通っており、古代の名族である飛鳥戸氏の氏寺「飛鳥戸神社」や古墳が多く存在します。上ノ太子駅にある竹内街道の碑には
「二上山のふもと、竹内峠から流れる飛鳥川沿いの丘陵地隊が河内飛鳥の本拠地です。古い歴史のあるこの地は、百済の王族(昆支王)が5世紀末に居住し、古代の日本文化のふるさととなったところです。この駅前の道が竹内街道であり、近くに飛鳥戸神社、河内飛鳥寺址、王陵の谷があります」
と書かれていました。王陵の谷・・・ちょっとカッコイイですね・・・
観音塚古墳は羽曳野市と柏原市にまたがる八伏山の裾野、標高98mに存在します。付近にはブドウ畑が多く、観音塚古墳もかつてはブドウ畑の中にあったそうです。
もし埋葬者にインタビューできるなら、自分の墓の周りが徐々にブドウ畑になっていく心境を聞いてみたいところです。
このあたりに複数存在する古墳は「飛鳥千塚古墳群」と言われ、八伏山、寺山の裾野に多くの古墳が築かれています。現在でも100基以上の古墳が残されているそうです。
観音塚古墳は古墳の原型を留めておらず、円墳だったのか方墳だったのかは分かっていません。古墳のサイズは12m程だと推測されています。
造られた時期は古墳時代の終末期にあたる7世紀中頃との事。終末期の古墳らしくサイズは小さめで精巧な石槨(せきかく)を有しています。
観音塚古墳の特徴である横口式石槨は、飛鳥にある高松塚古墳やキトラ古墳と同じ形式と言う事です。
横口式石槨は棺を納める「石槨部」、控えの「前室」、外部と前室を繋ぐ通路である「羨道」で構成されています。かつては前室及び石槨の前に扉があったようですが、昔から扉は外され副葬品などは見つかっていません。
現在墳丘は崩れ、前室入口はむき出しになっているので、その姿を間近で見る事ができます。前室を構成する石の組み合わせ部分がキッチリとはまっており、素人の私が見ても精巧に造られていると感じます。
この周辺は「近つ飛鳥」と呼ばれる地域で、古代の「安宿郡」にあたります。安宿郡は百済の王族「昆支王」を先祖にもつ「飛鳥戸(あすかべ)氏」の本拠地でした。
観音塚古墳を含む飛鳥千塚古墳群は百済の横穴式石室と相関性が見られる事から、飛鳥戸氏と関係があるのではと言われています。
観音塚古墳は時代的に古市古墳群よりも新しいからなのか、古市古墳群には入っていません。それだけに知名度も少し低い古墳ですが、山裾に存在し景色もよく素晴らしいロケーションにあると思います。
近つ飛鳥の王族たちも、広がる南河内の大地を眺めていたのかもしれません。
アクセス
最寄り駅は近鉄南大阪線「上ノ太子駅」になります。上ノ太子から北に向かう道を進むのが近道ですが、北に向かわず、竹内街道沿いに西へ向かってから、北に向かうと飛鳥戸氏の氏寺である「飛鳥戸神社」があります。せっかくですから、飛鳥戸神社にも寄っておきたいところです。
飛鳥戸神社を更に北に進み、横断歩道を渡るとブドウ畑が見えてきます。さらに進んで行くと飛鳥新池と言う池が見えるので、池沿いに左折します。ここまでは標札があるのでわかりやすいと思います。
池沿いに数十メートル進むと左手に急な階段があるので、そこを上った所が観音塚古墳です。ただし、この階段が少し奥まった所にあり見落としやすいので注意が必要です。
気づかずにまっすぐ進んでしまうと、ブドウ畑に入ってしまいます。
車の場合は付近に駐車スペースがありません。上ノ太子駅近くにパーキングが数カ所あるので、そこから徒歩で行くのが良いのではないでしょうか。
周辺スポット
・飛鳥戸神社
>観音塚古墳から徒歩10分程の場所にある神社。かつて近つ飛鳥一体を本拠地としていた飛鳥戸氏が祖先を祭るために創建したと言われています。 ... 続きを見る
飛鳥戸神社|百済王族を祭った神社~羽曳野市・アクセス~
観音塚古墳データ
墳形:円墳もしくは方墳
築造時期:7世紀中頃
所在地:大阪府羽曳野市飛鳥字観音塚
全長:約12m
高さ:約2.5m
埋葬:不明(飛鳥戸氏?)
埋葬の施設:横口式石槨
古墳内立入:可能