南河内の古墳を紹介する「ぶら古墳シリーズ」。今回は、河南町中にある「石塚古墳群(いしづかこふんぐん)」です。この石塚古墳群、なんとスーパーの駐車場の中に存在しているのです。しかも古墳群ということで、敷地内には3基の古墳が存在。
一体どのような経緯で、スーパーの駐車場に古墳群が保存されているのか?今回は、河南町中にある「石塚古墳群」を紹介します。
石塚古墳群とは
石塚古墳群は、スーパーオークワ河南町店の駐車場内に存在します。2012年、この地にスーパーの建設されることになりましたが、周辺には「芹生谷遺跡(せるたにいせき)」が存在するため事前調査が行われました。
その過程で発見された4基の古墳が、石塚古墳群です。発見された古墳のうち、1号墳は既に原型を留めていませんでしたが、2~3号墳は石室や副葬品が多く残されていました。開発予定地で見つかった史跡は、記録保存という形で消滅することが多いのですが、石塚古墳群は、スーパーオークワ側の好意により駐車場内に埋没保存されています。
もともと河南町には多くの古墳が存在しています。石塚古墳群の南には、「金山古墳」や「御旅所古墳・御旅所北古墳」などが存在。また北西部にも「森屋古墳群」「神山丑神古墳群」「寛弘寺古墳群」「西大寺山古墳群」などの古墳群が存在しています。
これらの古墳は古墳時代後半に造られたものが多く、石塚古墳群も同様に6世紀後半頃に築造されたと考えられています。それでは、出土した各古墳の概要を見ていきましょう。
1号墳
墳形は、大きく破壊されているため不明ですが、墳丘規模は9〜13mと考えられています。周辺から須恵器や土師器のカケラが見つかっています。埋葬施設は、石が風化しているため不明ですが、両袖式横穴式石室と考えられています。
2号墳
墳形は、直径11.4m円墳での円墳と考えられています。出土時に封土は失われており、石室も半壊していました。この古墳は周溝を有しており、隣接する3号墳と一部共有。埋葬施設は、全長7.7mの両袖式横穴式石室。玄室から鉄釘が見つかっていることから、被葬者は木棺に納められていたと考えられます。
2号墳の出土物として鉄の矢尻や農具が見つかっているほか、金銅製の耳環(じかん)が見つかっています。また2号墳の出土物か不明ですが、周辺から水晶切子玉も見つかっています。
3号墳
墳形は、直径11〜12m円墳での円墳と考えられています。出土時に封土や天井石は失われていました。この古墳は周溝を有しており、隣接する2号墳と一部共有。埋葬施設は全長6.9mの両袖式横穴式石室。玄室から鉄釘が見つかっていることから、被葬者は木棺に納められていたと考えられます。石室内からは、土師器、須恵器、鉄製農耕具、耳環、勾玉など約50点もの副葬品が出土しています。
4号墳
墳形は、直径10m円墳での円墳と考えられています。出土時に封土や天井石は失われていました。4号墳は3号墳に近接していますが、周溝は共有していなかったようです。埋葬施設は全長5.5mの両袖式横穴式石室。玄室から鉄釘が見つかっていることから、被葬者は木棺に納められていたと考えられます。石室内からは、須恵器、鉄製の斧や鎌、玉類が出土しています。4号墳の特徴として、2名の埋葬されていた形跡が確認されています。
石塚古墳群の歴史的な位置付け
築造された順番としては、須恵器の形状か「4号墳→2号墳→3号墳」と考えられています。石塚古墳群の周辺には小古墳群がいくつもあることから、地域の小豪族の墓と思われます。石塚古墳群のすぐ南側には、同時期に築造された「金山古墳」が存在。
金山古墳は85.5m双円墳で、周辺の古墳とは規模・形において一線を画しています。金山古墳は、ヤマト王権とのつながりが深い有力豪族の墓と考えられており、石塚古墳群を築いた周辺の小豪族を束ねていたのかもしれません。
石塚古墳群に行ってみました
今回は、駐車場内にある古墳ということなので、車で訪問しました。本来なら見つかった古墳は更地にされてもおかしくありません。しかし駐車スペースを減らしてまで保存された、スーパーオークワさんの懐の深さに敬意を抱かずにはおれません。もちろん買い物をさせていただきました。石塚古墳群は、スーパーの裏側の駐車場にまとまって存在します。まず1号墳のあった場所を見ていきましょう。
1号墳は、出土した段階で原型を留めていなかったようで、保存はされていません。発掘調査の資料によるとおそらく、このスーパーの端あたりに1号墳があったと思われます。
もちろんなんの痕跡もありません。あまりここで立ち尽くしていると、壁を見つめている変な人になるので、2号墳へ移ります。こちらが2号墳。埋没保存ということで、石室を見ることはできません。
どこからどう見ても作に囲われた芝生ですが、この芝生の下にある石室から金銅製の耳環が見つかったそうです。訪問時は残念ながら耳環どころか、須恵器の破片も見つかりませんでした。もちろん見つかるはずもありませんが。
次の3号墳は2号墳のすぐ近くにあり、周溝を一部共有していたとのこと。
こちらも2号墳同様作に囲われた芝生となっています。芝生の下に保存されていると分かっていても、石室が見えないとウキウキ感がやや下がってしまいますが、仕方ありません。柵の中を見つめてみましたが、草しかありませんでした。
こちらが最後の4号墳。いい感じに芝生でした。
まとめ
埋没保存ということで石室を見ることはできませんが、それぞれの古墳に案内板も設置されています。小型の古墳に柵が設けられ案内板まであるものは意外と少ないので、手厚く保護されていると思います。
一見ただの柵に囲まれた芝生ですが、この一帯を治めた小豪族の歴史の一部が残されているというのは、非常に貴重な歴史遺産ですね。
石塚古墳群データ
古墳名 | 石塚古墳群 |
住所 | 大阪府南河内郡河南町中415 |
墳形 | 円墳 |
直径 | 各10m~12m |
高さ | 不明 |
築造時期 | 6世紀後半 |
被葬者 | 不明 |
埋葬施設 | 横穴式石室 |
出土物 | |
参考資料 | ・河南町文化財調査報告「芹生谷遺跡・石塚古墳群」 ・案内板 |
アクセスと駐車場
・公共交通機関
近鉄長野線「富田林市駅」下車。金剛バス白木線に乗り「中村南口」下車。バス停から徒歩3分ほどの場所に石塚古墳群が存在します。
・自動車
石塚古墳群は、スーパーオークワの駐車場内に存在します。オークワで買い物したついでに寄ることをオススメします。
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