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誉田八幡宮|日本最古の八幡宮は数々の激戦地だった【御朱印】~ 羽曳野市・駐車場~

2023 11/18
羽曳野市 羽曳野市の神社仏閣
2018年4月30日2023年11月18日
誉田八幡宮
誉田八幡宮

大阪府羽曳野市にある誉田八幡宮は全国で最も古い八幡宮として知られています。1000年以上もの歴史を持つ誉田八幡宮ですが、この周辺は歴史上数多くのの激戦が繰り広げられた場所でした。今回は争いに巻き込まれながらも現在まで残り続けた日本最古の八幡宮「誉田八幡宮」を紹介します。

誉田八幡宮の創建について

応神天皇の陵がある誉田御廟山古墳一帯は、応神天皇が幼少の頃に過ごした土地であると伝わっています。また、妻である仲姫命がこの辺りを治める品陀真若王の娘であった事から、この地に陵が築かれたとも考えられています。

誉田御廟山古墳-応神天皇陵
誉田御廟山古墳

その誉田御廟山古墳に眠る応神天皇を祭るために、社が建てられたことが誉田八幡宮の創建と言われています。やがて応神天皇は戦いの神様である八幡神として崇められることで誉田八幡宮は繁栄してゆきます。

誉田八幡宮が所蔵する室町時代に記された「誉田宗廟縁起(重要文化財)」に誉田八幡宮の成り立ちが記されており、6世紀に欽明天皇の名により建立されたとされています。

奈良時代に入り境内に神宮寺である長野山護国寺が行基により建立され、1051年に後冷泉天皇が行幸する際に現在地である南に少し移転し新たな社殿が築かれたと記録されています。

誉田八幡宮
長野山護国寺の名残である山門

実際の創建については、平安中期以降に源氏が台頭して八幡宮信仰が盛んになった結果、八幡神である応神天皇陵ゆかりの地に社殿が建てられたのではないかとの説もあります。

誉田八幡宮

いずれにせよ天皇を祭り、また源氏の氏神である八幡神を祭っている事から、天皇や将軍などの権力者から厚い庇護を受けていたと言えます。

誉田八幡宮周辺をめぐる争い

誉田八幡宮が建つ位置は、京都から南に下る東高野街道、河内国から大和国に続く竹内街道に近い事に加え、竜田越奈良街道にもほど近いという交通の要衝に存在。

東高野街道
東高野街道碑

必然的に人、物、金の集まる事に加え、奈良や京都方面から侵攻してくる敵を防ぐ南河内の防衛拠点として誉田周辺は数多くの争いが繰り広げられてきました。誉田八幡宮の境内には「誉田林古戦場碑」があり、その戦いの多さが伺えます。

誉田八幡宮

藤井寺合戦

南北朝時代、湊川の戦で敗れ自害しますが、後に父の遺志を継いだ「楠木正行」は北朝を奉じる足利方との戦いを継続。足利尊氏は抵抗を続ける楠木正行に追討軍を差し向けますが、足利軍は藤井寺付近で楠木正行の奇襲を受け敗退。この時、楠木正行軍は誉田八幡宮から出撃したと言われています。

旗掛けの松 葛井寺
葛井寺に残る旗掛けの松

畠山家当主を巡る争い

室町時代中期には、河内国守護「畠山家」において跡目争いの結果、二派に分かれて対立。総州畠山家の畠山義就、尾州畠山家の畠山政長は誉田において激しい戦いを繰り広げました。

畠山政長墓
平野区にある畠山政長の墓

誉田八幡宮の数キロ南には河内守護の居城「高屋城」が存在していたことから、高屋城をめぐり何度も激しい戦いを繰り広げています。誉田八幡宮の「誉田林古戦場跡」の看板には1504年に尾州畠山家の畠山稙長と総州畠山家の畠山義英が合戦の後、和議となり「社前の盟約」を結んだと書かれています。

誉田八幡宮

しかし畠山稙長は1504年に生まれているので、これは畠山稙長の父 畠山尚順ではないかと思われます。

高屋城の戦い

戦国時代になると畠山家の力は衰え、河内国においては三好家と畠山家の家臣である遊佐家が河内を支配します。

安閑天皇陵
安閑天皇陵を利用して築かれた高屋城

1575年の織田信長による高屋城の戦いにより三好、遊佐は滅亡。織田による支配の下、河内国は一時平穏の時代を迎えますが、誉田八幡宮は信長によって社領を没収されてしまいます。
https://travel-minakawa.com/2018/02/01/takayajou/

大坂夏の陣 道明寺合戦

信長の死後、天下人となった豊臣秀吉により200石の領地が寄進され復興するかに見えましたが、1586年に社殿が焼失。社殿を再建するために豊臣家の片桐且元が奉行となりますが、大阪の役が勃発し再建が中断してしまいます。

薄田兼相墓
大坂夏の陣碑

大阪夏の陣では徳川軍が大阪城を攻めるため、大和方面から10万の兵を率いて奈良街道より河内へ侵攻。豊臣軍が徳川軍を防ぐため誉田八幡宮、道明寺近辺で激突したのが、有名な「道明寺の戦い」です。

道明寺合戦記念碑
道明寺駅にある「道明寺合戦記念碑」

この戦いでは柏原市の小松山で戦死した後藤基次が有名ですが、豊臣方の有力武将、薄田兼相も誉田八幡宮から出撃しています。薄田兼相は奮戦するも、圧倒的な兵力差の前に討ち死。誉田八幡宮のすぐ北側には薄田兼相の墓が建てられています。

薄田兼相墓
薄田兼相墓

交通の要衝にあったが故に激しい戦いに巻き込まれ、荒廃と再建を繰り返した誉田八幡宮。その後、社殿は江戸時代に徳川家光の代に再興され、現在に至っています。

誉田八幡宮

お渡り

誉田八幡宮では毎年9月15日に神輿を担いで応神天皇陵に入る「お渡り」という儀式が行われます。かつては石で作られた「放生橋」を渡り、応神天皇陵の後円部頂上にあるお堂まで行っていましたが、現在は放生橋の隣にある現代風の橋をわたり堀のふもとまで行っているようです。

誉田八幡宮

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まとめ

平和な時代となった今、誉田八幡宮は地元に無くてはならない神社として多くの人が参拝しています。放生橋、古戦場碑、神宮寺跡の山門、再建された社殿などを見るに、1000年以上にわたる誉田八幡宮の歴史を感じることができます。広く静かな境内を散策しながらその深い歴史に触れてみるのもいいかもしれませんね。

御朱印

御朱印手書き
初穂料300円
御朱印/ご朱印

誉田八幡宮データ

神社名誉田八幡宮
住所大阪府羽曳野市誉田3丁目-2-8
祭神応神天皇
摂社安産社・当宗神社(式内社)・姫待稲荷社・恵比寿社
旧社格府社
式内社なし
祭礼
参考資料案内板、大阪府神社名鑑

アクセスと駐車場

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御朱印
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