羽曳野市の郷土史をパラパラと眺めていると、ある大学の片隅に「横口式石槨」が保管されていると書かれていました。石槨が保管されている大学は、羽曳野市にある「四天王寺大学」。もともと徳楽山古墳の石槨でしたが、古墳が消滅したため、こちらに保管されているとのこと。
大学に石槨があるのは、なかなか珍しいかもしれません。果たして、徳楽山古墳の横口式石槨とはどんなものなのか?今回は、四天王寺大学に保管されている「徳楽山古墳の横口式石槨」を紹介します。
徳楽山古墳と石槨
徳楽山古墳は、羽曳野丘陵の東斜面で最も高い「蔵の内(91.2m)」の西方丘陵に存在していました。ここは、現在の羽曳が丘6丁目から8丁目にあたり、徳楽山と呼ばれていたようです明治末には小規模な円墳として残っていたことが、歴史学者の喜田貞吉(きださだきち)によって確認されています。
現在の徳楽山古墳のあった場所は、1961年に開発された「羽曳野ネオポリス」という住宅街になってます。開発の際に墳丘は平作されましたが、横口式石槨のみ保存されることになりました。羽曳野丘陵に四天王寺大学が建設されるまでは、同じ羽曳野市にある「野中寺」に保管されていました。後に、大学からの申し出により現在の場所に保管され、現在に至ります。
徳楽山古墳の石槨を見に行く
野中寺から南へ車を走らせます。このあたりは「小口山古墳」や、聖徳太子の弟である「来目皇子墓」など、いくつかの終末古墳が存在します。来目皇子墓の横を通り、大阪はびきの医療センターを過ぎた先に「四天王寺大学」の看板が見えてきます。街路樹が並ぶ美しい道を進み四天王寺大学の駐車場へ。
石槨を見に行く前に、まずは入口の守衛さんに見学したいことを伝えましょう。
駐車場を奥に進むと、一段下がった広い駐車場があります。この駐車場で、学生が車の運転の練習をしていましたが、この光景はいつの時代も変わらないようです。オッサンが一人でフラフラ歩いていると練習の邪魔になるので、早速石槨へ。
徳楽山古墳の石槨は、駐車場脇にある茂みに存在します。茂みに入りまず目に入るのは、大きな石。立札の文字は消えかかっていますが、これは「黒山廃寺」の心礎とのこと。
心礎とは塔の心柱の土台となる礎石で、上部に柱を乗せる突起や凹みがあるのが特徴。心礎は、かつての伽藍の規模を知るうえで、貴重な史跡です。
黒山廃寺は堺市美原区に存在したとされる古代寺院。7世紀頃に創建され、南北朝時代に兵火にあって廃寺になったといわれています。ただ美原区にあった黒山廃寺の心礎が、なぜ四天王寺大学にあるかは不明。
黒山廃寺心礎の隣に、徳楽山古墳の横口式石槨が存在します。横口式石槨とは、古墳時代後期に登場した埋葬施設です。横穴式石室は合葬に対応できますが、横口式石槨は一人を葬ることを目的としています。
この横口式石槨は、二上山の凝灰岩を使い、一枚の蓋と前後二個のくり抜き式の身から構成されています。
石槨の大きさは、長さ2.12m、幅1.1m、高さ1m。身の小口側には口が設けられています。元々は口を塞ぐ石があったそうですが、いつの間にか誰かがどこかに持ち去ったとのこと。
こんな四角い石を1個盗んでも、漬け物石ぐらいしか使い道が思いつきません。まあ、この石で漬け物なんか作った日には、呪われそうで嫌ですが…
埋葬者については分かっていません。近隣の古墳に観音塚古墳と、お亀石古墳が存在します。両古墳も横口式石槨を有する古墳で、渡来系豪族の古墳と考えられています。
また近くにある、小口山古墳も横口式石槨を有しています。小口山古墳一帯も船氏、津氏、葛井氏など、渡来系豪族の集団墓地があったとされています。このことから徳楽山古墳の埋葬者も渡来系豪族である可能性も考えられます。
石槨は、土に埋もれてなかなか全体を見られません。しかし、徳楽山古墳の横口式石槨は完全な姿を見られる貴重な史跡と言えます。
徳楽山古墳データ
古墳名 | 徳楽山古墳 |
住所 | 大阪府羽曳野市学園前3丁目2 (四天王寺大学駐車場内) |
墳形 | 円墳 |
全長 | 不明 |
高さ | 不明 |
築造時期 | 7世紀後半 |
被葬者 | 不明 |
埋葬施設 | 横口式石槨 |
出土物 | |
参考資料 | 案内板、羽曳野市ホームページ |
アクセス
公共交通機関
近鉄南大阪線「藤井寺駅」下車。南出口から出てすぐに、近鉄バス1番乗り場「四天王寺大学行」に乗車。
自動車
国道170号大阪外環状線「野中」交差点を西へ。西へしばらく進み「野中寺」交差点を南に。道なりに8分ほど。
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