南河内の古墳を紹介する「ぶら古墳シリーズ」。今回は、藤井寺市野中にある「はざみ山古墳」です。世界文化遺産に登録された古市古墳群の一つでリスト「37」に登録されています。
はざみ山古墳という少し変わった名前の古墳ですが、その由来は「はさみ」からきているといわれています。それでは、なぜはさみが由来となったのか?今回は、藤井寺市野中にある「はざみ山古墳」を紹介します。
はざみ山古墳とは
はざみ山古墳は、5世紀中頃に築造された全長103m、高さ9.5mの前方後円墳。墳丘は3段に築かれていますが、1段目は戦後の土取りや濠の水による浸食で一回り小さくなっています。
墳丘には盾形の濠を有していましたが、現在は後円部西側が一部埋め立てられています。その姿が上から見ると「和ばさみ」に似ていることから「はざみ山」と呼ばれていたのが、古墳名の由来となっています。
くびれ部の両方にに「造出」と呼ばれる突出部が作られれているほか、墳丘の斜面には葺石が施されていました。ただ、外堤の内側には葺石が施されていません。この辺りが、同時代の古墳と異なる特徴を有しているようです。
墳丘平面部に並べられていた円筒埴輪は、誉田御廟山古墳(応仁天皇陵)から出土したものと似た特徴を有していました。
円筒埴輪の他にも家、盾、靫(ゆぎ)、衣蓋(きぬがさ)、冑、船、水鳥型の埴輪が出土。その中でも衣蓋形埴輪は、誉田御廟山古墳や古室山古墳から出土したものと同じという共通性がありました。埴輪の特徴から、はざみ山古墳は5世紀前半の誉田御廟山古墳と近い時期に築造されたと考えられます。
埋葬施設についてはよく分かっていません。ただ後円部墳頂の中央に掘り込み跡があり、石室は盗掘を受けていたようです。
かつて土取りの際に、後円部から組合せ式の石棺が出土したといわれています。一説によると、石棺は掘り出され水路や橋の底石に使われたと伝えられています。その際見つかったであろう副葬品は、現在は不明とのこと。
後方部側の濠の埋まった場所ですが、もともとは私有地でした。この場所に開発計画が持ち上がりましたが、大阪府が許可しなかったため持ち主は府に買取を要求。その後もすったもんだがあり、裁判沙汰になったようですが、現在は解決しているようです。
1996年に国の史跡に指定。2019年に百舌鳥・古市古墳群が世界文化遺産に指定され、登録された49基の一つに選ばれています。
はざみ山古墳に行ってみました
はざみ山古墳は、古市古墳群のほぼ中央部に位置しています。はざみ山古墳のすぐ南には「野中宮山古墳」が並列に並んでいます。
ただ、同時期に造られたというわけではなく野中宮山古墳のほうが少し前に築造さえれています。非常に近い場所に造られているということで、野中宮山古墳とはざみ山古墳の被葬者には、何らかのつながりがあったのかもしれません。
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問題となった元私有地はこちら。現在は柵があり、中に入ることはできません。本来はここも濠で、水があったようですがかなり昔から埋め立てられていたようです。
ちなみに案内板は、こちらに設置されています。
はざみ山古墳のすぐ横には、国道170号線の側道が走っていますが、少し曲がって道が作られています。これは、はざみ山古墳の濠と堤を避けて建設されたためとのこと。
古墳近くで何がが作られる場合、ガッツリと古墳が削られるケースがありますが、このように古墳に配慮して作られるのはうれしいですね。ただ、堤の一部は道路の下に埋まっているそうですが・・・
はざみ山古墳には入ることができませんが、古墳の周囲を歩くことはできます。ただ、一部私有地となっているため一周することはできません。ちなみにそこそこ雑草が生い茂っているので、夏場に行くのはあまりおススメできません。ちなみに古墳から出るとズボンに大量のくっつき虫が付いていました。
こちらが、はざみ山古墳の北東側になります。幅広の濠が横たわっており、全体がよく見えます。なんとなくくびれになっているのがわかるでしょうか。
こちらが南東側。造出しは分かりませんが、くびれになっていることがわかります。古市古墳群の前方後円墳のなかでもこれほど立派な濠が残されているものは、数が少なく見ごたえがある古墳ではないでしょうか。
まとめ
今回は、藤井寺市野中にある「はざみ山古墳」を紹介しました。古市古墳群の中でも広い濠を有しているということもあり、全景が見やすい古墳です。古墳の中には入られないものの、墳丘の姿を比較的良好な姿で見ることが出来るのがうれしいですね。
アクセスと駐車場
・公共交通機関
近鉄南大阪線「藤井寺駅」より徒歩約25分、もしくは藤井寺駅より古市駅行きの近鉄バスにて「藤ケ丘」下車徒歩約5分。
・自動車
はざみ山古墳に駐車場はありません。
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はざみ山古墳詳細
古墳名 | はざみ山古墳 |
住所 | 大阪府藤井寺市野中1丁目 |
墳形 | 前方後円墳 |
全長 | 103m |
高さ | 9.5m |
築造時期 | 5世紀前半 |
埋葬施設 | 不明 |
被葬者 | 不明 |
参考資料 | ・案内板 ・古市古墳群を歩く【古市古墳群世界文化遺産登録推進連絡会議】 ・古市古墳群をあるく【久世仁士】 |
案内板
墳丘は3段に築かれ、くびれ部の両側には造出しが設けられています。後円部の頂上には盗掘坑道があり、ここから石棺が発見されたと伝えられています。周囲には一部が埋没するものの、出土した円筒埴輪には大型の円筒埴輪が含まれるほか、形象埴輪が出土しています。