割塚古墳 | ぶら古墳vol.9~藤井寺市  百舌鳥古市古墳群~

割塚古墳
古市古墳群の一つである藤井寺市「割塚古墳」です。世界遺産推薦リストからは外れていますが、2014年に国史跡に指定されています。

地図上では羽曳野市に含まれている場所なんですが、案内板には藤井寺4丁目と記載されているのが少し謎です。

割塚古墳と同じ名前の古墳は兵庫県神戸市と奈良県大和郡山市にもあります。ただ、神戸市の割塚古墳は、石室の残りで建てられた石碑しか無いので、もはや古墳と言えるかは微妙ですが…

割塚古墳
神戸市にある割塚古墳

神戸市の割塚古墳は、言い伝えによると豊臣秀吉が大阪城を築く時に巨石を持ち去って、今の石碑だけが残ったとか…

河内長野市の塚穴古墳でも同じ目に遭いかけたのを祟りパワーで跳ね返しましたが、こちらは祟りパワーが効かなかったみたいですね…埋葬されていると思われる方の名前だけ見たら、こちらの方が祟られそうですが…

割塚古墳
神戸市割塚古墳の裏側

塚穴古墳(河内長野市) | ぶら古墳vol.7~河内長野市 アクセス~


ちなみに大和郡山市の割塚古墳は古墳公園として整備され、きれいな形で保存されているようです。

割塚古墳

藤井寺市の割塚古墳は30m四方の小さな方墳で、仲哀天皇陵のすぐ東にあります。その事から仲哀天皇陵の陪塚と思ってしまいますが、ところがどっこい違うんです。

仲哀天皇陵
仲哀天皇陵

仲哀天皇陵が5世紀末~6世紀初めに造られたのに対して、割塚古墳は4世紀末~5世紀初めに造られたと考えてられています。




4世紀末~5世紀初めと言う事は津堂城山古墳が造られた時期で、すなわち河内に古墳が造られた初期の古墳になります。割塚古墳と仲哀天皇陵の建造時期に100年近い開きがあることから、陪塚関係にはないと考えられています。
津堂城山古墳
津堂城山古墳

割塚古墳は月極駐車場内にあり、宮内庁管理ではないため柵はなく近くで見ることが可能です。
割塚古墳
駐車場の隅っこに追いやられ気味で少し不憫な感じですが、住宅地にあるので仕方ありません。木はあまり茂っておらず、小ざっぱりしています。小さな古墳にしては案内板も設置されています。
割塚古墳
方墳と言うことですが、横から見てもよくわかりません。しかし上から見るとなんとなく方墳であるとわかります。出土物としては表面から円筒埴輪が見つかっています。
割塚古墳
仲哀天皇陵の近くには同時期に造られた鉢塚古墳や消滅した落塚古墳があり、この2基は仲哀天皇陵の陪塚であると考えられています。




割塚古墳の近くにも、同時期に造られた岡古墳(現在は消滅)という33m四方の小型の方墳が存在しました。しかしこの2基だけ独立した古墳というのも不自然に思われます。

もしかすると、割塚古墳や岡古墳もまだ発見されていない前方後円墳の陪塚だったら…なんて想像するとワクワクしますねw

アクセス

近鉄南大阪線「藤井寺駅」から南へ約15分ほどの場所に割塚古墳があります。途中には、千手観音で有名な「葛井寺」や大阪みどりの百選にも選ばれている「辛國神社」などの観光スポットも見所の一つです。

葛井寺 | 千日まいり 1日で4万6千日分の功徳!!~藤井寺市~

辛国神社 | 南河内屈指の美しさを持つ参道 〜 藤井寺市 御朱印 アクセス 駐車場〜


また割塚古墳と辛國神社の中間地点にある「アイセル シュラホール」では藤井寺市の古墳や出土物に関する資料も展示されているので、こちらも寄っておきたいところです。もちろん割塚古墳の隣には全長245mで全国16位の規模を誇る仲哀天皇陵も見ごたえは十分です。
シュラホール
車の場合は割塚古墳の近くにパーキングは見当たりませんので、駅近くの駐車場に止めて、歩いていくことをお勧めします。



割塚古墳データ

墳   形:方墳
築造の時期:5世紀後半〜6世紀前半
所 在 地:大阪府藤井寺市藤井寺4丁目(googleMAP上では羽曳野市となっていますが、案内板では藤井寺市藤井寺4丁目とされています)
全   長:30m
高   さ:3m
埋   葬:不明