南河内の古墳を紹介する「ぶら古墳シリーズ」。今回は、羽曳野市にある「安閑天皇陵(高屋築山古墳) 」です。百舌鳥古市古墳群の一つですが、世界遺産推薦リストには登録されていません。
安閑天皇はどんな天皇?
宮内庁の比定によると埋葬者は「安閑天皇」とされています。安閑天皇の父は「継体天皇」、皇后は仁賢天皇の娘「春日山田皇女」。
先々代の武烈天皇は子を持たず亡くなり、仁徳天皇系列の天皇が途絶えてしまいます。その為、武烈天皇の跡は応仁天皇から分かれた一族から、継体天皇が迎えられました。
系図の通り、継体天皇の代に系統がガラッと変わっています。武烈天皇が日本書紀などで悪逆な天皇と書かれている事、突然現れた継体天皇。この時代の王権には何か異変があったのかもしれません。
安閑天皇は継体天皇の跡を継ぎ、27代天皇として即位。奈良県橿原市に都を置き国を治めます。妻である「春日山田皇女」は先々代天皇「武烈天皇」の妹。この結婚は仁徳天皇系の血を取り入れて、正当性を高めるためと考えられています。
しかし政略とは別に2人は非常に仲が良かったようで「日本書紀」における安閑天皇の項は二人のイチャイチャ話が延々と記載されています。安閑天皇は仲哀天皇の在位9年を下回るわずか在位4年で崩御。その為、全国に天皇直轄地である「屯倉」を多く設置した事以外に目立った事象はありません。
古事記によると安閑天皇には子は無く、弟の宣化天皇が跡を継ぎます。安閑天皇は河内の古市高屋村、現在の安閑天皇陵に祭られたと伝えられています。
古墳について
築造時期は6世紀前半とされ、墳丘の長さは122m、高さは13mの前方後円墳。羽曳野市で4番目規模を持つ古墳です。周壕の北半分には水がありますが、南半分は確認できませんでした。
高屋城として
安閑天皇陵の最大の特徴は「古墳が城の本丸に改造された」事です。安閑天皇陵を改造して築城された城は「高屋城」。室町時代の後期に築城されたと言われています。
応仁の乱の引き金となった畠山家の家督争いは、応仁の乱終結後も続きました。主に南河内を実効支配していた畠山義就は、南河内支配の拠点として安閑天皇陵のある高屋丘に高屋城を築城します
城の規模は南北800m、東西に450mに広がっており、河内国の城では最大の規模です。立地は高さ47mほどの小高い丘の上にあり、東の石川や断崖に守られた強固な城でした。安閑天皇陵はその広大な高屋城の本丸として改造され、墳丘は改変されています。
高屋城における一番有名な戦いは、織田信長による高屋城攻めですが、それ以前から河内支配をめぐり幾度も大きな戦いの舞台となっています。
安閑天皇陵からは数多くの埴輪や須恵器が見つかっています。その中でも特に珍しいのが直径約12cm、高さ8cmのペルシャ製のガラス椀。古墳からガラス椀が出土する事は珍しい事で、国の重要文化財として東京国立博物館に保管されています。
周辺の古墳との繋がり
安閑天皇陵の近辺には、つながりの深いとされる「城不動坂古墳」と「高屋八幡山古墳」が存在します。
城不動坂古墳
「城不動坂古墳」は安閑天皇陵から北東50m程の場所に存在します。城不動坂古墳は高屋城築城の際に破壊され土塁に埋もれていましたが、2008年に宅地開発の際に発見されました。
現在はほぼ原形をとどめていませんが、6世紀中頃に築造され、横穴式石室を持つ全長36m程の前方後円墳。安閑天皇陵と主軸が同じで、築造時期も近いため両古墳には何かつながりがあるのではないかと言われています。
城不動坂古墳の名前は「高屋城」の城と、古墳横の「不動坂」からきていると思われます。周濠からは盾持人物埴輪と呼ばれる珍し埴輪が出土しています。
高屋八幡山古墳
「高屋八幡山古墳」は安閑天皇陵から南へ150m程の場所に存在します。6世紀前半頃の築造で、安閑天皇陵とほぼ同じ時期に築造されています。1辺約40mの方墳に近い姿をしていますが、元々は墳丘85m程の規模を持つ前方後円墳。高屋城築城の際に大きく削られ現在の姿になっています。
高屋八幡山古墳は宮内庁により安閑天皇の妻「春日山田皇女」の陵と比定されいます。愛しの奥さんを近くに埋葬したのかもしれませんね。
アクセスと周辺スポット
・公共交通機関
近鉄南大阪線「古市駅」から旧170号線沿いに徒歩7分程で遥拝所が見えてきます。
・自動車
周辺に駐車スペースはありませんので、古市駅周辺の駐車場に停めて周るのが無難だと思われます。古市駅の東にはレンタルサイクルがあり、電動付き自転車も借りることができます。
周辺スポット
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安閑天皇陵データ
古墳:高屋築山古墳
通称:安閑天皇陵
宮内庁名:古市高屋丘陵(ふるちのたかやのおかのみささぎ)
墳形:前方後円墳
築造時期:6世紀前半
所在地:大阪府羽曳野市古市5丁目
全長:122m
高さ:13m
被葬者:安閑天皇