国府八幡神社 | 衣縫廃寺の遺跡が残る神社 となりの鎮守様シリーズVol.6 〜藤井寺市〜

国府八幡神社昔から地域を守り続ける神社を紹介する「となりの鎮守様」シリーズ。第6回は藤井寺市にある「国府八幡神社」です。

国府八幡神社とは

社名の由来は周辺の地名である「国府」からきています。




国府八幡神社の北には「国府遺跡」があり、旧石器時代の石器や縄文、弥生人の人骨が発掘されています。飛鳥時代には衣縫氏の氏寺とされる衣縫廃寺が創建され、柱に使われていた礎石が国府八幡神社に残されています。国府遺跡

また、奈良時代から平安時代までは「河内国府」が置かれ、国府は河内国における政治の中心でした。国府遺跡の北には船橋廃寺、現在「伴林氏神社」が建つ場所には林廃寺など豪族ゆかりの寺も存在し、当時の国府の繁栄がうかがえます。

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国府八幡神社の詳しい創建はわかっていませんが、近世に羽曳野市にある「壺井八幡宮」から分霊を勧請したと伝わっています。

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主祭神は八幡神社という事で「応神天皇」が祭られてると共に、春日大神・住吉大神なども祭られています。

1907年に北條村にある黒田神社に合祀されますが、1946年に現在の場所に再び戻り現在に至っています。

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現在の国府八幡神社

国府八幡神社住宅街に国府八幡神社は住宅街に囲まれた静かな環境にあります。江戸時代頃に創建され、南河内では比較的新しい神社。鳥居は新しく、近年造られた物かもしれません。




新しい鳥居の先には鉄パイプ製のゲート。すぐ近くにある志貴懸主神社でも同じようなものを見ましたが、イベントで使うものかと思っていました。もしかしたらこれは鳥居なんですかね…

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国府八幡神社
灯篭の土台となっているのが噂の衣縫廃寺の礎石。やはり再利用されても同じような使われ方になるんですね…ここ以外にも衣縫廃寺の礎石は国府遺跡の石碑の土台に1つ、蓮休寺境内に1つ存在します。

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金属鳥居の先に灯篭、狛犬、拝殿があります。国府八幡神社

飛鳥戸神社、大祁於賀美神社と同様に、合祀から復活した神社と似た拝殿になっています。なにか共通の仕様があるんでしょうか?国府八幡神社

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本殿には羽曳野市壷井にある「壷井八幡宮」から勧請されたという応神天皇が祭られています。応神天皇といえばお隣の羽曳野市古市にある「誉田八幡宮」が有名でです。実際、近隣の澤田八幡神社、古室八幡神社、土師里八幡神社、津堂八幡神社は「誉田八幡宮」から勧請しています。他の八幡さんと同じは嫌だったのかな…

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一度合祀されて戻ってきた神社は、規模が縮小されて再建されるケースがあります。国府八幡神社もあまり広い神社ではありませんが、境内は非常に美しく保たれており、地元の人々から大切にされている神社と感じました。



アクセス

近鉄南大阪線「土師ノ里駅」より北へ徒歩約15分。途中には允恭天皇の陵とされる「市ノ山古墳」が存在します。

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国府八幡神社の南には「宮の南塚古墳」、北側には「衣縫孝女の碑」がある潮音寺が隣り合っています。宮の南塚古墳潮音寺また、国府八幡神社を5分程歩いた所にも允恭天皇陵の陪塚とされる「衣縫塚古墳」が存在します。衣縫塚古墳

国府八幡神社データ

住 所:大阪府藤井寺市国府1丁目5
駐車場:なし
主祭神:応神天皇、春日大神、住吉大神
旧社格:なし
式内社:なし