墓山古墳|陪塚なのに大王級の古墳?〜羽曳野市・百舌鳥古市古墳群〜

墓山古墳南河内にある素敵な古墳を紹介していく「ぶら古墳シリーズ」。今回は、羽曳野市にある「墓山古墳」を紹介します。百舌鳥古市古墳群の一つで、世界文化遺産リスト「38」に登録されています。



墓山古墳について

墓山古墳は、全長225m、高さは20.7mで5世紀前半に築造されたとされる前方後円墳。前方後円墳羽曳野市にある古墳では2番目、古市古墳群の中では5番目に大きい古墳になります。




宮内庁より「応神天皇陵ほ号陪冢」として応神天皇陵の陪塚に指定されています。ただ200mを超える古墳となれば大王クラスが埋葬されているのではと言われています。

誉田御廟山古墳-応神天皇陵
誉田御廟山古墳/応神天皇陵

宮内庁が管理している部分は墳丘だけですが、周濠と堤も含めて国の史跡に指定されています。宮内庁の管理と国の史跡が重なる古墳は珍しいとのこと。




古墳からは勾玉、円筒埴輪、形象埴輪などが出土。埋葬施設は中心部に竪穴式石槨が造られ、長持形石棺が納められていたと伝わっていますが、実際のところは確認されていません。

墓山古墳
人物埴輪(近い飛鳥博物館にあるレプリカ)

多くの陪塚

墓山古墳は応神天皇陵の陪塚とされていますが、墓山古墳にも陪塚と考えられている古墳が4基存在しています(1基は消滅)。

・向墓山古墳

向墓山古墳墓山古墳の東側にある方墳。墓山古墳が築造されたとき、計画的に向墓山古墳も築造されたと考えられています。向墓山古墳とは二ヶ所の土橋で墓山古墳の外堤とつながっていた事が分かっています。

向墓山古墳 | ぶら古墳 Vol.21 〜羽曳野市 百舌鳥古市古墳群〜

・西墓山古墳

墓山古墳の西側にあった方墳。マンション建設の際に古墳があることが判明したそうですが、マンション建設前から既に墳丘は消失していたそうです。西墓山古墳の発掘調査の結果、人が埋葬されていた形跡はありませんでしたが大量の鉄剣が出土しています。

・浄元寺山古墳

浄元寺山古墳墓山古墳の西側にある方墳。墓山古墳に隣接し、墓山古墳の外堤沿ってに水平に築造されています。

浄元寺山古墳 | ぶら古墳 Vol.11 〜藤井寺市 百舌鳥古市古墳群〜

・野中古墳

野中古墳墓山古墳の北側にある方墳。この古墳からは11領の甲冑が出土しています。

野中古墳 | ぶら古墳 Vol.20 〜藤井寺市 百舌鳥古市古墳群〜

浄元寺山古墳も向墓山古墳もこの時期における最大級の方墳。また、西墓山古墳、野中古墳からは大量の鉄器が見つかっています。




この時代、鉄を大量に保有する事は権力の証でもありました。この事から墓山古墳にはかなりの力を持った大王級の人物が埋葬されている可能性があります。

現在の墓山古墳

墓山古墳墓山古墳は巨大な古墳なだけに全体を眺めたいところですが、駅近という立地のため周囲は住宅に囲まれています。




古墳を観察するポイントは東側の後円部と西側の前方部の2カ所になります。南北の側面にも細い道があるのかもしれませんが、訪問時には確認できませんでした。

後円部には案内板があり、周濠には水が満たされているのが確認できます。後円部側は建物が多く、墓山古墳全体を把握しにくい難い場所になっています。墓山古墳前方部側にも墓山古墳の案内板があります。

こちら側は比較的開けているので全体よくを観察できます。ただ、墓地の中を抜け、細い道の先にあるため、少し分かりにくい場所にあります。墓山古墳また、前方部側には浄元寺山古墳が存在します。西墓山古墳もこの近くに存在しましたが、現在は消滅しています。

浄元寺山古墳
浄元寺山古墳

墓山古墳は三段構成になっており、それぞれのくびれ部分に「造り出し」とよばれる出っ張りを持ちます。藤井寺市にある市ノ山古墳(允恭天皇陵)は墓山古墳とスタイルと共にサイズもほぼ同じに造られています。




古墳は土師氏などの専門集団が築造しており、同じ設計図を基に築造されたのかもしれません。ただ、横から見てもわからないのが残念な限りです。

調査がされないのでわかりませんが、どんな有力者が埋葬されているのか、非常に気になる古墳の一つですね。

アクセスと駐車場

・公共交通機関古市駅近鉄南大阪線「古市駅」下車。駅を西へ向かい、旧170号線を北上すると白鳥西の交差点で左右の道に分かれます。左を北に2分程歩くと羽曳野市役所があるので、建物の手前の道を左折して直進すると墓山古墳の看板が見えます。古市駅より徒歩約10分。

・自動車
墓山古墳の隣にある羽曳野市役所に有料の駐車場が存在します。また、古市駅付近にも有料駐車場が存在します。

アクセス・周辺スポット

・桃井春蔵の墓桃井春蔵墓地墓山古墳の南側にある墓地には、桃井春蔵の墓が存在します。桃井春蔵は江戸三大道場の一つ「士学館」4代目館主で、幕末に活躍した南河内にゆかりの深い人物。

桃井春蔵 | 大久保利道の代筆も務めた剣豪と南河内 ~羽曳野市・千早赤阪村~

・応神天皇陵/誉田御廟山古墳誉田御廟山古墳(応神天皇陵)墓山古墳より徒歩約10分の場所にある前方後円墳。応神天皇が祭られるとされる古墳で、全国で2番目の規模を持ちます。遥拝所は後方部にあり、墓山古墳から徒歩で15分程かかります。

誉田御廟山古墳に眠る応神天皇が八幡神?~ 応神天皇陵  羽曳野市 百舌鳥古市古墳群~

墓山古墳データ


古墳:墓山古墳
墳形:前方後円墳
築造時期:5世紀前半
住所:大阪府羽曳野市白鳥3丁目583
全長:225m
高さ:20.7m
埋葬:不明