大師山古墳跡|河内長野市に存在した珍しい古墳時代前期の古墳

大師山古墳跡地石碑南河内の古墳を紹介する「ぶら古墳シリーズ」。今回は、河内長野市日東町に存在した「大師山古墳跡」です。




かつて河内長野市には、多くの古墳が存在しましたが、開発により消滅しました。

大師山古墳も住宅地の開発に伴い姿を消し、現在は石碑だけが残されています。かつて存在した大師山古墳とはどのような古墳だったのか?今回は、河内長野市日東町に存在した「大師山古墳跡」を紹介します。

大師山古墳とは

大師山古墳は、三日市駅東方に広がる通称「大師山」と呼ばれる丘陵地に存在した前方後円墳。現在、大師山古墳一帯は現在公園と住宅地になっており、古墳の痕跡はありません。




大師山古墳は、大師山の尾根を利用して築造。後円部の先は、急峻な崖となっており、築造時は河内長野市一帯を見渡せたようです。大師山古墳跡地からの眺め

1930年(昭和5年)、古墳近くにある大師堂再建工事の際に、大師山古墳を発見。すでに墳丘の大半は平削されており、古墳と気づかなかったようです。言い伝えによると、発見された100年ほど前に、村人が花見場所を作るために、後円部を平らにしたとのこと。




この発見により調査が行われ、多くの石製装飾品が出土。その他にも剣や内行花文鏡(ないこうかもんきょう)と呼ばれる銅鏡も見つかっています。

大師山古墳
内行花文鏡/大師山古墳・大師山遺跡発掘調査報告より

出土したタイプの内行花文鏡は、仿製鏡といわる国産の鏡で、中国漢の時代に多く造られた銅鏡を模したものとのこと。

埋葬施設は不明ですが、木片が見つかり周囲に粘土があったことから、粘土廓に割竹形木管が納められていたと考えられています。




この調査の段階では円墳と考えられていましたが、後の調査で前方後円墳と判明。調査後、地元住民によりオブジェと石碑が建てられています。

大師山古墳
オブジェと石碑/大師山古墳・大師山遺跡発掘調査概要より

1969年(昭和44年)、一帯の山林を買収した企業が宅地開発を開始。それに伴い、2度目の発掘調査が行われました。

この調査でも多くの石製装飾品が見つかり、多数の石製装飾品が出土した古墳として注目されています。

大師山古墳
石製装飾品/大師山古墳・大師山遺跡発掘調査報告より

2度目の調査後に開発は進められ、古墳は完全に消滅。後円部は公園となり、敷地の片隅に建てられた小さな石碑が唯一の名残りとなりました。

現在の大師山古墳跡

三日市町駅を降り大師山古墳に向かいます。駅から府道214号線にでると「多聞丸(楠木正成)、大江時親に学ぶ像」が置かれています。多聞丸(楠木正成)、大江時親に学ぶ像

像の東側にある橋が「学問橋」と呼ばれ、幼き楠木正成が、加賀田に住む大江時親に学びにいく際に渡ったと伝わっています。像はそのシーンを再現したもの。通学橋

学問橋から少し歩くと楠台住宅地に入ります。丘陵上にあるということで、なかなかキツい坂道を登ることに。




丘陵地の上には、大師山古墳発見のキッカケとなった「大師堂」が存在。この丘陵地が「大師山」と呼ばれる由来は、大師堂からきてるのでしょうか?大師堂

大師堂のすぐ近くにある楠台第一公園一帯に、大師山古墳は存在しました。現在は、片隅に建てられた石碑の他に何もありません。大師山古墳跡地のある楠台第一公園

存在しない大師山古墳に、なぜ興味を持ったかというと、河内長野市において古墳時代前期の古墳というものが珍しい点です。

富田林市までは、古墳時代前期の古墳もチラホラ存在しましたが、河内長野市までくるとあまり存在しないようです。

大師山古墳の築造は、4世紀後半と考えられています。この時期は、ちょうど古市古墳群が造られ始めた時期になります。




大師山古墳は、前方後円墳であり銅鏡も出土しています。この点より被葬者は、大和王権とつながりのある豪族と考えられます。

ただ大師山古墳以降、古墳時代末まで河内長野市には古墳が築造されていないようです。大師山古墳の築造後、この豪族はどのような歴史を歩んだのか?非常に興味深いところです。

アクセスと駐車場

・公共交通機関三日市町駅南海高野線「三日市町駅」下車。東出口を出て北に歩き、楠公通学橋東交差点を右折。道なりに5分ほど歩き、最初の信号を右折します。楠台住宅地に入り、さらに道なりに5分ほど歩くと、左側に大師山古墳跡がある楠台第一公園があります。駅より徒歩約12分。




・自動車
大師山古墳跡に駐車場はありません。また周辺に駐車スペースもありません。三日市町駅周辺の駐車場から徒歩がオススメです。

周辺スポット

・三日市10号墳三日市10号墳大師山古墳跡から徒歩20分ほどの場所にある古墳。古墳時代後期に築造された円墳として知られています。

三日市10号墳|古墳から出土した圭頭柄頭大刀とは?~河内長野市~

・観心寺観心寺大師山古墳跡から徒歩30分ほどの場所にあるお寺。楠木正成をはじめ南朝と深いゆかりをもつ神社として知られています。

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・加賀田神社加賀田神社大師山古墳から徒歩約30分ほどの場所にある神社。再建された色鮮やかな本殿が見所の一つ。

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大師山古墳データ


古墳名:大師山古墳
住所:大阪府河内長野市日東町13−15
墳形:前方後円墳
全長:52mm
高さ:不明
埋葬者:不明
築造時期:4世紀後半(推定)
埋葬施設:粘土廓(推定)
参考資料:
・河内長野市史
・大師山古墳、大師山遺跡発掘調査報告
・大師山古墳、大師山遺跡発掘調査概要