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寛弘寺古墳群|紺口県主との関係とは?~河南町~

2023 11/16
河南町 河南町の古墳
2021年6月5日2023年11月16日
寛弘寺古墳群の入口
寛弘寺古墳群の入口

南河内の古墳を紹介する「ぶら古墳シリーズ」。今回は、南河内郡河南町寛弘寺にある「寛弘寺古墳群」です。かつてこの地には、92基の古墳が集まる「寛弘寺古墳群」が存在しました。開発などで多くが失われましたが、現在4基の古墳が公園として整備保存されています。このような大規模な古墳群を築いた豪族とは、どんな一族だったのか?今回は、南河内郡河南町寛弘寺にある「寛弘寺古墳群」を紹介します。

寛弘寺古墳群とは

寛弘寺古墳群は、河南町西部の田園地帯に存在。現在は平坦な地形となっていますが、かつては低丘陵と谷が入り組んだ地形だったようです。

寛弘寺古墳群の案内板

寛弘寺古墳群は「北部丘陵」「東部丘陵」「南部丘陵」の3つの区画に分かれており、判明している古墳の種類は、

造出付き円墳:2基
方墳:31基
円墳:31基

それ以外の古墳は、保存状況が悪く墳形が判別できなかったようです。寛弘寺古墳群の特徴は、4世紀中頃〜7世紀後半という長い期間に渡り古墳が造られ続けている点。多くの古墳群は一定期間、集中的に築かれ、その後築かれなくなります。しかし寛弘寺古墳群のように、長期間にわたり古墳が築かれるのは珍しいとのこと

古墳時代全般を通じて92基もの古墳を築造しるには、強大な力を持つ豪族が考えられます。その中で、寛弘寺古墳群を築いた豪族として考えられているのが「紺口県主(こむくのあがたぬし)」です。

紺口県主とは

寛弘寺古墳群を築造したと考えられている「紺口県主」とはどのような豪族なのか。古墳時代の寛弘寺一帯は、紺口県と呼ばれていました。この紺口県を治めていたのが古代豪族「紺口県主」です。

「県主(あがたぬし)」とは、国造(くにのみやつこ)よりも古い称号で、ヤマト王権直轄地を治める者の称号と考えられています。紺口県主は、第2代綏靖天皇の兄「神八井耳命(かんやいみみのみこと)」を祖に持つ一族。同族に、藤井寺市北部一帯を治める「志貴県主」が存在します。

志貴県主神社
志貴県主の祖「神八井耳命」を祭る志貴県主神社

大和王権の直轄地は、交通の要衝または豊かな土地であったと考えられます。志貴県も、河内国の国府が置かれていた重要な地域で、古墳が多く築かれています。紺口県については分かりませんが、周辺の式内社が「水」に関わりがあることから、水利を管理していたのかもしれません。また、地域名の寛弘寺も、「こむく」がなまり「かんこう」となった説もあるようです。

寛弘寺古墳公園とは

寛弘寺古墳公園に保存されている古墳は、東側丘陵に位置する、5世紀中頃に築造された古墳。この東側丘陵には「寛弘寺の七 ッ墓」と呼ばれる、ツギノ木山支群 1~ 7号墳が存在していました。現在公園内には、5号墳を中心とした4基の古墳が保存されています。寛弘寺古墳群は、この4基しか残っていませんが、近つ飛鳥風土記の丘に「寛弘寺45号墳」の石室が移設保存されています。

寛弘寺45号墳
近つ飛鳥風土記の丘にある「寛弘寺45号墳」

1983年(昭和58年)に、寛弘寺古墳群一帯で農地開発事業がスタート。同時に行われた発掘調査により、弥生時代の竪穴式住居跡や古墳など多くの史跡が出土しています。大阪府、河南町、関係団体との協議の結果、2000年(平成12年)9月に、一部を公園として整備することが決定されました。

寛弘寺古墳公園へ行ってみました。

寛弘寺古墳公園には無料駐車場がありますが、今回は「道の駅かなん」から散歩がてらに訪問しました。途中、神山にある式内社「鴨習太神社」に参拝し、そこから北にある庚申堂へ。

鴨習太神社の裏口

庚申堂の入口右側の、看板上にある石に注目してください。この石は、なんと「石棺の蓋」とのこと。こんなところに石棺の石が出てくるとは、古墳群がある土地らしいですね。

庚申堂
庚申堂にある石棺の蓋

庚申堂をさらに北に進むと見えてくる、もっこりとした丘が寛弘寺古墳公園。なだらかな丘陵というわけではなく、急角度でせり上がっており、丘陵地のギリギリまで開発されたようです。

寛弘寺古墳群の遠景

公園西側が駐車場になっており、4~5台駐車でき、トイレも完備。

寛弘寺古墳群の全景

階段の横にある案内板。寛弘寺古墳群は「造り出し付き円墳」「方墳」「円墳」とバラエティーあふれる墳型が特徴的。築造された順番は、5号墳→4号墳→6号墳→7号墳とされています。5~6号墳が5世紀頃で、7号墳が7世紀と、7号墳だけ終末古墳。

寛弘寺古墳群の入口
寛弘寺古墳群の案内板

寛弘寺5号墳

階段を上ると、芝生が広がる気持ちいい景色が広がっています。

寛弘寺古墳群の全景

最初に目に入るのが「寛弘寺5号墳」。造り出し付き円墳とも帆立貝式古墳ともいわれていますが、これは言い方が違うだけなんでしょうか?

寛弘寺5号墳
寛弘寺5号墳

寛弘寺5号墳の全長は30mの規模で、公園内の古墳では最大。かつて造出し部にコの字形に円筒埴輪が並べられ、周辺からは船、盾型などの象形埴輪が出土したとのこと。

出土した形象埴輪を用いた葬礼が、百舌鳥・古市古墳群と共通性があるといわれています。この点から、寛弘寺古墳群を築造した一族は大和王権と深いつながりがあったと考えられています。墳丘はキレイに整備され、墳頂への階段も設置。墳頂からの眺めは素晴らしく、寛弘寺地区が一望できます。

寛弘寺5号墳からの眺望

寛弘寺4号墳、6号墳、7号墳へ

5号墳の北にあるのが4号墳。直径29mの円墳で、5号墳とほぼ同じサイズ。築造順では、5号墳の次に造られています。

寛弘寺4号墳
寛弘寺古墳群の全景

4号墳は、5号墳より数段下った場所にあり、斜面なのか古墳なのか区別がつきにくい感じ。たぶん、古墳といわれなければわからないのではないでしょうか…4号墳の東側にあるのが6号墳。こちらは、1辺22mの方墳で、4、5号墳より一回り小さなサイズ。築造の順番では

寛弘寺6号墳
寛弘寺6号墳の遠景
5号墳からみた「6号墳」

「造り出しつき円墳(5号墳)」
↓
「円墳(4号墳)」
↓
「方墳(6号墳)」

となりますが、どのようなルールで墳形を決めているのでしょうか?

「あ~、先代は円墳だったから、俺は方墳にしようかな~」

ぐらいの軽い気持ちで決めているのか、なにか法則があるのか…6号墳も、整備され階段も設置。こちらも、墳頂から素敵な風景が広がっています。

寛弘寺6号墳からの眺望

ちなみに、6号墳に接するように7号墳があるらしいのですが、まったく分かりませんでした。一周してみたんですがね…寛弘寺古墳には、芝生が広がり休憩所、トイレ、駐車場もあります。お弁当を広げてピクニックもいいかもしれません。

寛弘寺古墳群の全景

まとめ

龍泉寺

今回は、南河内郡河南町にある寛弘寺古墳群を紹介しました。もともと、地名の由来となった「寛弘寺」というお寺も南北朝時代までは存在しましたが、応仁の乱後の騒乱で焼失。寛弘寺は、平安時代に創建されたとのことなので、寛弘寺古墳群の築造者との関係があったのかは、分かっていません。

また、寛弘寺古墳群の南にある嶽山には「咸古神社(こんくじんじゃ)」が存在します。神社名からもわかるように「こむく」がなまり「こんく」となったとの説があります。神社の創建には、紺口県主が関わっているとされ、紺口県主の祖神である「神八井耳命」を祭られています。

河南町から富田林市にかけて大きな勢力を有していた紺口県主。はたして寛弘寺古墳群の主なのか?今後の解明が待たれます。

寛弘寺古墳群データ

寛弘寺4号墳

直径約29m
高さ不明
墳型円墳
時期5世紀頃
埋葬施設不明

寛弘寺5号墳

直径約30m
高さ4.3m
墳型帆立貝式古墳もしくは造出し付き円墳
時期5世紀頃
埋葬施設不明

寛弘寺6号墳

直径約22m
高さ3m
墳型方墳
時期5世紀頃
埋葬施設不明

寛弘寺7号墳

直径約12m
高さ不明
墳型円墳
時期7世紀頃
埋葬施設横穴式石室

アクセスと駐車場

河南町 河南町の古墳
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