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矢伏観音|楠木正成の身代わり伝説〜河内長野市〜

河内長野市大矢船北町にある「矢伏観音」ご存じでしょうか?この観音様は「楠木正成の身を守った」という不思議なエピソードが残されているんです。




矢伏観音はどのように楠木正成の身を守ったのか?今回は、河内長野市大矢船北町にある「矢伏観音」を紹介します。

発端は、楠木氏と八尾(矢尾)氏との対立

鎌倉時代末期、南河内を拠点とする楠木氏は、河内中部に拠点を持つ八尾(矢尾)氏と対立していました。




楠木正成の幼少時代、八尾氏の当主「八尾顕幸」は、現在の八尾神社付近に「八尾城」を築城。楠木正成の父である楠木正遠と小競り合いを続けていました。

八尾神社にある「八尾城跡」の碑

八尾神社にある「八尾城跡」の碑

楠木正成の初陣は、八尾顕幸との戦いとされ、父に奇襲を提案したといわれています。

この八尾顕幸が楠木正成の知略を警戒し、やがて事件に発展することに…

楠木正成と観音様

幼い頃の楠木正成は「多聞丸」と呼ばれ、観心寺で修行するかたわら、河内長野市加賀田に住む大江時親に兵法を学んでいました。




大江時親は、源頼朝の側近として活躍した大江広元の子孫。戦国時代に中国地方の覇者となった毛利氏の祖としても知られています。

観心寺から大江時親宅の道中には観音堂があり、正成は通学時に観音堂で学業成就を祈願していました。

矢伏観音の全景3

それを知った八尾顕幸は、この場所で暗殺を企て、刺客を放ちます。

八尾顕幸の刺客は、正成が観音堂でお祈りをしているところを矢で襲撃。

矢が正成に刺さると思いきや、観音様の力で矢は失速。正成は九死に一生を得たといわれています。




この不思議な出来事から、観音様は「矢伏観音」と呼ばれ、地元の人から長く信仰されています。

矢伏観音に行ってみました

矢伏観音周辺には駐車場がありません。今回は加賀田神社に行ったついでに徒歩で訪問しました。




グーグルマップでみると、加賀田神社から矢伏観音まで徒歩で20分ほどの距離。楽勝と思い行ってみましたが、加賀田神社と矢伏観音の間は谷あいになっており、なかなかのアップダウン。予想以上にハードでした。

矢伏観音の遠景

これならバスでも良かったかなと思いましたが、矢伏観音近くのバス停の時刻表を見てみると恐るべし過疎ダイヤ。バスでいくのも厳しいという…

大矢船橋バス停

大矢船橋バス停の時刻表

町中にもかかわらず、行くのが難しいという「小さい神社仏閣あるある」でした。

この矢伏観音、住所的には「大矢船北町」ですが、歴史的にみると加賀田地区に属しているように思います。というのも、大矢船町一帯は新興住宅地になっており、もともとは山だったのではないでしょうか。




バス停から5分ほど歩き、住宅地のすぐ脇の茂みに、矢伏観音があります。

矢伏観音の入口

こちらは、少し入ったところにある水盤。特に使われている形跡はありません。というか蛇口もありません。

矢伏観音の水盤

さらに奥へ進むと小高い塚になっており、その上に矢伏観音が存在。

矢伏観音の全景

本尊の十一面観音は、高さ43cm幅 18cmの船形石に刻まれたもの。

矢伏観音の本尊

扉の上には御詠歌が掲げられています。

矢伏観音の御詠歌

「あなとうと やぶせのおかの
くわんぜおん ごようのまつに
さかへなるらん」

ちなみに意味はよく分かりませんでした。

案内板によると

矢伏観音の案内板

「多聞丸はいつものようにお祈りをしている。その時をねらって敵は矢を射ました。がその瞬間、一人の風でお堂の扉が開いて矢を伏せ、多聞丸は難を逃れました」
とあります。

シチュエーション的考えると、刺客は多聞丸の背後から矢を射つも、お堂の扉が開き観音様パワーで矢が落ちたということなんでしょうか?
急に目の前の扉が開いたら、多聞丸の顔面に扉が直撃しそうな気もしますが、大丈夫だったのか・・・
気になって仕方ありません。




お堂の隣には、鐘が吊るされています。一応お寺扱いなので梵鐘なんでしょうか?鐘の隣にはミニチュアサイズの十三重塔も置かれています。

矢伏観音の鐘

案内板をよく見ると、他にも小さな社があるようです。

矢伏観音の左隣ある「山塚大明神」を祭る小社。残念ながら山塚大明神がどのような神様なのかは不明。

矢伏観音の小社3

矢伏観音のさらに左奥には「瀧不動尊」と「白玉大神」を祭る小社が存在します。不動尊なので「不動明王」が祭られていると思いますが、神社なのか寺なのかあいまいか感じが日本らしいですね。

矢伏観音の小社2

その隣には「天照大神」「神武天皇」「一言主神」を祭る小社も存在。わりと謎に包まれた神様のグルーピングですね・・・

矢伏観音の小社1

一通り見終わったので、来た道を戻っていると下へ降る別の山道がありました。こちらの方がショートカットできるかと思い下りてみると、集落の田んぼに出てしまいました。ここから普通の道に復帰するのが難しく、あちこち歩き回ってしまいました・・・

まとめ

今回は、楠木正成にゆかりの深い「矢伏観音」を紹介しました。正成の命を狙った八尾顕幸ですが、のちに楠木正成に仕え、八臣の一人として活躍。楠木正成が湊川の戦いで戦死した後も、息子の楠木正行をよく補佐したと伝わっています。




八尾顕幸は、正成の子供たちを支えながら、1338年(延元三年)に八尾城で病死。八尾市にある常光寺には、八尾顕幸の墓が残されています。争っていた両名ですが、認め合ったのちは、固いきずなで結ばれていたようです。

八尾市の常光寺にある八尾顕幸の墓

八尾市の常光寺にある八尾顕幸の墓

アクセスと周辺スポット

公共交通機関

三日市町駅

南海高野線「三日市町駅」下車。南海バスに乗り「大矢船北町停留所」下車。バス停より西に歩くと、交番が見える門を左折。直進し、2つ目の角を左折して少し歩いたところに矢伏観音が存在します。




自動車
矢伏観音に駐車場はありません。また周辺にもコインパーキングはありません。

周辺スポット

加賀田神社

加賀田神社

矢伏観音から徒歩15分ほどの場所にある神社。再建された色鮮やかな本殿が見所の一つ。

赤坂上之山神社と興禅寺

興禅寺の石像

矢伏観音から車で10分ほどの場所にある神社とお寺。赤坂上之山神社には、応神天皇の遺髪が残されていると伝わっています。また、興禅寺には圧巻の石像群が見どころの一つ。

矢伏観音データ


住所:大阪府河内長野市大矢船北町5
本尊:十一面観音菩薩
摂社:右奥小社(天照大神・神武天皇・一言主神)・左小社(山塚大明神)・左奥小社(瀧不動尊・白玉大神)


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