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めなし地蔵|横穴式石室に見えるけど、その正体は・・・〜河南町〜

めなし地蔵

Googleマップで史跡を調べていると、河南町さくら坂1丁目に少し気になる場所を見つけました。Googleマップには「石祠」とだけ書かれており、古墳とは記されていません。確かに石室らしきものの前には、石が祭られています。この史跡は、古墳なのか祠なのか?気になって仕方がないので、さっそく見に行ってみました!

実際の石祠とはどんなところなのか?

謎の石祠は、河南町さくら坂に存在します。さくら坂地区は、平成5年に山を切り開いて開発した住宅地。白木地区と河内地区に挟まれた場所で、西にワールド牧場、東には桜で有名な弘川寺が存在します。

石祠は、さくら坂の南端の道の脇に存在しています。道の先はお寺と墓地につながっており、お墓参り以外に通る人は、少ないのではないでしょうか。こちらが石祠の全景。

めなし地蔵
めなし地蔵

前方に板状の石、その背後には古墳の横穴式石室を彷彿させる、石造りの構造物が横たわっています。案内板はなく、どのような由来があるのかわかりません。とりあえず、前方に祭られた石からお参りをします。石は2つ祭られており、左側は板状の石。右側の石は、お地蔵様のような姿が彫られた石となっています。

めなし地蔵

石の前には、ローソクやお供え物を置く台も設置。一部破損したものもありますが、新しいローソクが供えられた形跡もあります。2つの石の前には賽銭箱も置かれており、Googleマップに記された通り「石祠」となっています。

次に気になる横穴式石室のような構造物を見てみましょう。両脇を壁になるよう大きな石を置き、奥は横穴式石室の玄室のような空間になっています。地面には平らな石が数枚敷かれており、その上を歩いて奥に行くような感じです。

めなし地蔵

構造物奥の空間には丸い石が祭られ、石の両脇には「榊(さかき)」が備えられていました。

めなし地蔵
めなし地蔵

丸い石を祭るといえば「賽の神」が思い浮かびますが、それにしては巨大な構造物に思えます。一般的な賽の神は、丸い石を小さな社に納めたり、むき出しで置かれているものが大半です。賽の神として祭っているのなら、非常にユニークな祭り方ではないでしょうか。

佐備神社の賽の神
佐備神社の賽の神

この石造りの構造物は横穴式石室に見えますが、石室としては不自然な点がいくつかありました。

・使われている石材が、加工されていない
・石と石の間をコンクリートで固めている

めなし地蔵
めなし地蔵

このような点から、古墳の横穴式石室ではないようです。だとしたらこの石祠は、何を祀っている施設なのか?なぜ横穴式石室のような構造物に石を祭っているのか?謎は深まるばかりです・・・

石祠の正体とは

後日、石祠が気になったので河南町教育委員会事務局に問い合わせてみると、色々と教えていただけできました。この石祠は地域の人達から「めなし地蔵」と呼ばれているものとのこと。昔は、河南町の馬谷地区から弘川地区へ抜ける道の休憩場所になっていたそうで、地域の人々に古くからと親しまれていたそうです。

もともとは現在地より西側にあったものが、さくら坂の開発により現在地に移設。その際に横穴式石室ような構造物が造られますが、なぜこのようなスタイルになったのかは分からないそうです。この「めなし地蔵」、当時は、2つ石あったそうですが、現在この場所には3つの石が置かれています。

めなし地蔵
構造物の前に祭られている板状の石と地蔵
めなし地蔵
構造物の奥にある丸い石

板状の石と地蔵が「めなし地蔵」と思われますが、ではこの丸い石はどこからやってきたものなのでしょうか?そしてなぜ横穴式石室のような場所に祭られているのか?これ以上のことは分かりませんが、とりあえず石祠が「めなし地蔵」という名前がわかっただけでも嬉しいですね。

めなし地蔵の由来を考えてみる

他の場所に「めなし地蔵」がないか調べてみると、三重県津市八尾市恩地に「めなし地蔵」があるようです。津市の「めなし地蔵」は「目なし地蔵」とも呼ばれています。かつて徳の高い盲目の僧侶が旅の途中にその場所で亡くなったため、人々がお地蔵様を建てて偲んだと伝わっています。

一方、八尾市の「めなし地蔵」はお地蔵様の姿はしておらず、普通の石が置かれています。この「めなし地蔵」の由来は不明ですが、一説によると恩智城の「見付石(みつけいし)」ともいわれているそうです。もしかすると「見付」が時代を経つごとに訛り「めなし」になったのかもしれません。

八尾市恩地にあるめなし地蔵
八尾市恩地にある「めなし地蔵」

実は、河南町の「めなし地蔵」の近くには、室町時代に「河内城」が築かれていました。現在は墓地となっており遺構は残っていませんが、河内城を巡っては激しい戦いが繰り広げられたといわれています。八尾市パターンだと、河内城の「見付」が「めなし」になったという可能性も考えられます。

津市のパターンだと、馬谷地区から弘川地区へ向かう途中に誰かがその場所で亡くなり、お地蔵様を祭ったというパターンも考えられます。河南町「めなし地蔵」の「めなし」には、どのような意味が込められているのか?非常に興味深いところです。

まとめ

めなし地蔵

今回は、河南町さくら坂にある「めなし地蔵」を紹介しました。めなし地蔵の由来や横穴式石室のような構造物が造られた理由は不明ですが、非常に興味深い場所でした。周囲も樹木が多い割には落ち葉も少なく清掃されているようで、地元では大切にされている場所のようです。

めなし地蔵データ

住所:大阪府南河内郡河南町さくら坂1丁目21

・公共交通機関
近鉄長野線「富田林駅」下車。駅前ロータリーより金剛バス「さくら坂循環線」に乗り「さくら坂1丁目」にて下車。バス停より徒歩1分。

・自動車
めなし地蔵に駐車場はありません。

周辺スポット

・弘川寺
めなし地蔵より車で5分ほどの場所にあるお寺。西行法師ゆかりのお寺として知られている他、桜や紅葉の名所としても知られています。

・ワールド牧場
めなし地蔵より車で5分ほどの場所にあるテーマパーク。馬や羊など数多くの動物と触れ合える場所として、子供たちに人気のスポットです。

・中村神社跡
めなし地蔵より車で10分ほどの場所にある神社跡。現在は千早赤阪村にある建水分神社に合祀されていますが、旧社地には鳥居や狛犬などの遺物がいくつか残されています。

・石塚古墳群
めなし地蔵より車で10分ほどの場所にある古墳。スーパーの駐車場内に保存されている珍しい古墳群で、3基の古墳が残されています。

・金山古墳
めなし地蔵より車で10分程の場所にある古墳。大小二つの円墳が合わさった日本でも珍しい双円墳という墳形を有しています。

・持尾展望台
めなし地蔵より車で10分ほどの場所にある展望台。南河内グリーンロードの途中にあり、眺めも良いことからバイクや自転車のライダーに人気のスポットです。


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