西馬塚古墳 | ぶら古墳 Vol.19 〜羽曳野市 百舌鳥古市古墳群〜

西馬塚古墳

羽曳野市にある「西馬塚古墳」です。百舌鳥古市古墳の一つで世界遺産推薦リスト「41」に登録されています。

西馬塚古墳とは

西馬塚古墳は、墳長45m、高さ9.4mの方墳で、五世紀後半に築造されたと考えられています。後世に削られているため墳丘は原型をとどめていません。



西馬塚古墳からは須恵器、円筒埴輪、水鳥型の埴輪などが出土しています。「馬塚」と言うからには空気を読んで馬型の埴輪が出てきて欲しい所ですが、そうはならないのが古墳の世界。

宮内庁より「応神天皇陵は号陪冢」とされているため、古墳内に入ることは出来ません。ちなみに応神天皇陵の東側には「東馬塚古墳」と言う兄弟分みたいな名前の古墳がありますが、特に関係はないようです。西馬塚古墳

東馬塚古墳 | ぶら古墳 Vol. 1 〜羽曳野市 百舌鳥古市古墳群〜

応神天皇陵の陪塚とされていますが、西馬塚古墳は応神天皇陵よりも少し後の時代に築造されている事、また応神天皇陵から少し離れた場所にある事から実際は応神天皇陵の陪塚ではないと考えられています。

西馬塚古墳のすぐ近くには全長200mを超える前方後円墳「墓山古墳」が存在します。西馬塚古墳は墓山古墳の陪塚という説もありますが、時期や距離的な点から判断が分かれているようです。

現在は消滅していますが、1980年に西馬塚古墳のすぐ近くから住宅開発の際に2基の古墳が見つかっています。それぞれ白鳥1号墳、2号墳と言う20m程の円墳でした。もしかすると、それらを含めて独立した古墳群だった可能性もあります。

羽曳野市役所方面から西馬塚古墳への途中に「誉田白鳥埴輪製作遺跡」が存在します。この場所では埴輪を作る釜や埴輪職人の住居跡が発見。大規模な施設があったようで、平安時代まで公的施設が存在していたようです。誉田白鳥埴輪製作遺跡

住宅街に続く狭い道を「ホントにこんなところに古墳があるのか?」と思いながら歩いていると、ホントに古墳が出現します。西馬塚古墳は東面と南面が開けているため、一応全体像を把握する事ができます。とは言え、住宅地と道がギリギリまで迫っているのでだいぶ窮屈な感じはします。西馬塚古墳

古市古墳群の方墳の中ではかなり高さがあるようで、中々の迫力があります。今は小山にしか見えませんが、二段築成の方墳で、葺石が施され掘りも有していたようです。


アクセス

最寄り駅は、近鉄南大阪線「古市駅」から北へ徒歩8分ほどの場所にあります。駅を西へ向かい旧170号線を北上すると白鳥西の交差点で左右の道に分かれます。右へ向かうと応神天皇を祭る「誉田八幡宮」へ。

誉田八幡宮 | 日本最古の八幡宮は数々の激戦地だった。~ 羽曳野市 誉田八幡宮 御朱印 アクセス ~


左を北に向かうと羽曳野市役所が見えてくるので手前の道を入ると正面に墓山古墳が見えてきます。更にその手前を左に入る細い道の奥に西馬塚古墳が存在します。

近くには向墓山古墳、墓山古墳、羽曳野市の古墳から出土した貴重な品が展示されている「羽曳野市文化財展示室」などもありますのでついでに見ておきたいところです。

西馬塚古墳データ

古   墳:西馬塚古墳
墳   形:方墳
築造の時期:5世紀後半
所 在 地:大阪府羽曳野市白鳥3丁目6-1
全   長:45m
高   さ:9.4m
埋   葬:不明