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正井殿|連理の松で知られた神社~松原市~

正井殿の正面02

南河内の神社を紹介する「となりの鎮守様」シリーズ。今回は、松原市岡にある「正井殿(まさいでん)」です。




正井殿という変わった名前ですが、かつては「連理の松」と呼ばれる珍しい松が有名な神社でした。

そんな正井殿は、現在どのような神社なのか?今回は、松原市岡にある「正井殿」を紹介します。

正井殿とは

正井殿の詳しい創建は、分かっていません。現在の祭神は素戔嗚尊ですが、栄久寺沿革史によると、かつては牛頭天王を祭っていたと伝わっています。これは明治時代の神仏分離政策により、牛頭天王を祭られなくなり、素戔嗚尊を祭ったと考えられます。




正井殿の「正井」は井戸を意味し、後に地名になったとのこと。

記録によると正井殿は、大坂夏の陣(1614年)に戦火に巻き込まれ焼失。大坂城は、南からの攻撃に弱かったため、徳川主力は、南から進軍したからと考えられます。

道明寺合戦記念碑

道明寺駅にある「大坂夏の陣 道明寺合戦記念碑」

大阪夏の陣では、周辺の柴籬神社、王仁の聖堂、十二権現社なども、戦火にあっています。寛永年間(1624~1643年)頃には正井殿を含め再建されたとのこと。

柴籬神社

松原市の柴籬神社

明治時代に発令された神仏分離令により、正井殿は竹内街道沿いに移設。後に疫病が流行ったことから、旧地に復社しています。




牛頭天王は疫病を司る神様として知られていることから、移設が疫病につながったと考えられたのかもしれません。現在では、岡と立部(たつべ)地区における氏神として祭られています。

連理の松

江戸時代において正井殿は、観光地としても知られていました。それは「連理の松」と呼ばれた松の存在です。




「連理」とは1本の木の枝が他の木の枝とつながり、1本の木のように見えるもの。連理は、2本の木が結びついることから、縁結びや安産の神木として崇拝されていたようです。

江戸時代の1679年に三田浄久が、発行した「河内鑑名所記(かわちかがみめいしょき)」に連理の松に関する俳句や狂歌が記載されています。河内鑑名所記は、河内の名所や旧跡に関する伝承や由来を記した、現代の観光ガイドブックにあたります。

書の中では、

連理の松 丹北郡松原の庄
間西天の神木也
しなたれる ひよく連理の松か枝に
人目も恥もしら藤の花

という狂歌や

巣やかけん 比翼連理の 松の枝
契り来なけ 連理のまつそ 郭公
心かハり するな連理の 松の色

という俳句が歌われており、江戸には観光名所として多くの人が訪れていたようです。




ただ残念ながら連理の松は、すでに枯れており、現在はその姿を見ることはできません。

現在の正井殿

正井殿は、隣にスーパーアプロ、正面には松原南小学校が建つ賑やかな場所に存在。生活圏にアプロがないので知りませんでしたが、アプロは関西を中心に50店舗ほど展開している中堅スーパーのようです。




こちらが正井殿の正面。達筆で「正井殿」と彫られた社名碑と、鳥居が存在します。しかし「○○殿」と表す神社名は他に聞いたことがありません。なぜ「正井神社」にならなかったのでしょう。そんなところが、地元の個性がでていて面白いです。

正井殿の正面01

鳥居をくぐり、左側にある「岡光大神」。調べてみましたが、祭神が誰なのかは不明でした。合祀された摂社なら、祭神が判明し易いのですが、オリジナル摂社は説明がなければまったくわかりません。

正井殿にある岡光大神02

正井殿にある岡光大神01

ちなみに「岡光大神」で検索したら4番目に「ゾロアスター教」がでてきました…岡光大神とは何者なのか…




岡光大神の反対側にある手水舎。蓋がされており現在は使えないようです。もともとは、違う水盤があったそうですが、現在は別のお寺に保管されているとのこと。

正井殿の手水舎02

正井殿の手水舎01

手前にある百度石。文字がかすれて読めませんが「治」という漢字が見えるので明治時代のものかもしれません。

正井殿の百度石

百度石の後ろにある「皇太子殿下行幸記念」と彫られた記念碑。

正井殿の百度石02

整備された参道を歩くと右側に社務所があります。普段は無人のようで、宮司さんは常駐していない様子。祭祀等は、同じ松原市にある柴籬神社が管理しているようです。

正井殿の境内

正井殿の案内板

こちらは少し古そうな灯篭。境内には1843年(天保14年)に奉納された灯篭があるそうですが、この灯篭なのかは不明。

正井殿の灯篭

本殿手前にある比較的新しい狛犬で、2006年(平成18年)に奉納されたもの。

正井殿の狛犬02

正井殿の狛犬01

こちらが正井神社の本殿。歴史ある神社ですが、改修されたのか鉄筋コンクリート造りとなっています。

正井殿の全景

本殿脇には建設記念碑が建てられています。旧本殿が老朽化が進み倒壊のおそれがあったことから、昭和58年に本殿の建て替えが行われたとのこと。

正井殿の建設記念碑

それにしても、特徴のある屋根はなかなかインパクトです。あまり見たことのないデザインですが、何をモデルにしたのでしょうか…

正井殿の本殿01

本殿の右側には摂社が存在。扁額を見ると「楠本大明神」と書かれています。鳥居が赤いので稲荷社系と思われますが、楠本大明神という名前はどこからつけられたのでしょうか?岡光大神と共に謎に包まれています…




かつては、観光名所として賑やかだったであろう正井殿ですが、現在は地域の氏神として静かに人々を見守っているようです。

アクセスと駐車場

・公共交通機関

河内松原駅

近鉄南大阪線「河内松原駅」下車。近鉄バス松原線もしくは余部行に乗り「岡北口」下車。道沿いを南に歩き、スーパーアフロの角を左折。スーパーの隣に正井殿が存在します。




・自動車
正井殿に駐車場は存在しません。ただ、近くに数ヶ所コインパーキングが存在します。国道2号中央環状線「丹南東交差点」を北に曲がります。この道沿いにコインパーキングがあり、正井殿まで3分の距離になります。

周辺スポット

・丹南天満宮

丹南天満宮

正井殿より徒歩15分ほど場所にある神社。菅原道真を祭る神社で、安土桃山時代に建てられた美しい本殿を持ちます。

・来迎寺

来迎寺

正井殿より徒歩15分ほど場所にあるお寺。江戸時代に丹南郡1万石を治めた、丹南藩藩主の菩提寺として知られています。

・柴籬神社

柴籬神社

正井殿より徒歩10分ほど場所にある神社。反正天皇が都を置いた場所ではないかといわれています。反正天皇にちなみ「歯」にご利益があります。

・王仁の聖堂跡

王仁の聖堂址

正井殿より徒歩10分ほど場所にある祠。応神天皇の時代に、百済から渡来した学者「王仁(わに)」が学校を開いた場所と伝わっています。

正井殿データ


住所:大阪府松原市岡3丁目4−28
祭神:素盞鳴命
摂社:楠本大明神(稲荷社)、岡光大神
旧社格:不明
式内社:なし
参考資料:
・松原市ホームページ
・松原市史
・松原市の神社



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