藤井寺市 藤井寺市の古墳

古市古墳群の「中に入って登れる!」古墳8選 〜百舌鳥古市古墳群〜

仲哀天皇陵

仲哀天皇陵(岡ミサンザイ古墳)

百舌鳥古市古墳群が世界文化遺産が決定されましたが、古墳は遠くから見るしかないので面白くないと思っていませんか?



天皇陵がクローズアップされる事が多いですが、実は「百舌鳥古市古墳群」では中に入れる古墳はいくつも存在します。中に入れる古墳のうちいくつかは公園として整備されており、市民の憩いの場ともなっています。

実際に古墳に登ってみると、古墳によって様々な特徴の違いが見えて興味も深まるかも?




そんなわけで、今回は百舌鳥古市古墳群のうち、古市古墳群で中に入る事ができる古墳8基を紹介したいと思います。

津堂城山古墳(世界文化遺産)

津堂城山古墳

 

4世紀後半に築造されたとされる前方後円墳。墳丘は210mですが本来は2重の周濠を持ち、それを含めると400mを超える巨大古墳。

津堂城山古墳

百舌鳥古市古墳群の中で最も古く、津堂城山古墳の築造から百舌鳥古市古墳群がスタートしたと言えます。古墳内は公園として整備されており、内濠には四季の花々が植えられ、広場やグラウンドが整備されています。



1912年に墳頂から竪穴式石室と長持型石棺が見つかっており、古墳に隣接する「史跡城山古墳ガイダンス棟 まほらしろやま」にて石棺の原寸レプリカが展示されています。

津堂城山古墳

中に入いれる津堂城山古墳ですが、墳頂の一部が宮内庁により「藤井寺陵墓参考地(被葬候補者 允恭天皇)」とされているため中に入る事ができません。

津堂城山古墳|失われた天井石を探して・・・〜藤井寺市・アクセス〜

古室山古墳(世界文化遺産)

古室山古墳

4世紀後半に築造されたとされる前方後円墳で、津堂城山古墳に次いで古い古墳。墳長は150mで、羽曳野市、藤井寺市をまたがる「国府台地」に存在します。国府台地には多くの古墳が集中しており、古市古墳群の中心地とも言える場所です。

古室山古墳

古室山古墳

古室山古墳は公園として整備されており、藤井寺市民に市民の憩いの場として親しまれています。四季折々の景色が美しく、桜や紅葉季節は多くの人が訪れます。

古室山古墳|入って登れる美しい古墳〜藤井寺市・百舌鳥古市古墳群〜

大鳥塚古墳(世界文化遺産)

大鳥塚古墳

5世紀前半に築造されたとされる前方後円墳。古室山古墳から徒歩5分ほどの場所にあり、同じく国府台地に存在します。




墳長は110mと古室山古墳より一回り小さめのサイズ。大鳥塚古墳は特に公園として整備されていませんが中に入れます。

大鳥山古墳

ただ、木が生い茂っており少し鬱蒼としているのと、後円部の勾配が少しキツイので、中に入る際は注意が必要です。



大鳥塚古墳には一部、墳丘がえぐれている部分があります。大鳥塚古墳

これは第二次世界大戦時、周辺に八尾空港の代替地として空港を造る計画があり、戦闘機を格納する壕作るために墳丘が削られたそうです。ただ、空港自体は結局完成しませんでした。

大鳥塚古墳

大鳥塚古墳の目の前は応神天皇陵の遥拝所になっており、併せて見ておきたいところです。

大鳥塚古墳|戦争遺跡を持つ前方後円墳~藤井寺・百舌鳥古市古墳群~

鍋塚古墳(世界文化遺産)

鍋塚古墳

5世紀初頭に築造されたとされる方墳。古室山古墳、大鳥塚古墳と同じく国府台地に存在します。1辺が63mで古市古墳群において大きな規模の方墳。

鍋塚古墳

鍋塚古墳周辺には小さな古墳がいくつか存在し、「沢田の七つ塚」とも呼ばれていました。現在は開発により多くの古墳が失われ、鍋塚古墳は「沢田の七つ塚」最後に生き残りとなります。

鍋塚古墳

古墳全体は綺麗に整備されており、墳頂からは南側に藤井寺市最大の古墳「仲ツ山古墳」、北側に允恭天皇陵を祭る「市ノ山古墳」を見ることが出来ます。

鍋塚古墳|沢田の七つ塚最後の古墳〜藤井寺市・百舌鳥古市古墳群〜

鉢塚古墳(世界文化遺産)

鉢塚古墳

5世紀末に築造されたとされる墳長60m前方後円墳。仲哀天皇が祭られているとされる「岡ミサンザイ古墳」の少し北側に存在します。



岡ミサンザイ古墳と同時期に築造されており、同古墳の埋葬者と関係が深かったと考えられています。住宅地の奥に存在しており、少しわかりにくいところにあります。

鉢塚古墳|住宅地の小さな前方後円墳〜藤井寺市・百舌鳥古市古墳群〜

野中古墳(世界文化遺産推薦分)

野中古墳

5世紀後半に築造されたとされる1辺37mの方墳。すぐ南側に存在する「墓山古墳」の陪塚と考えられています。




野中古墳からは鉄製の鉄製の甲冑をはじめ武器、農具、須恵器、埴輪などが大量に出土しています。

野中古墳

現在の調査では人が埋葬されていたか分かっていませんが、副葬品を埋葬するための古墳の可能性もあります。

野中古墳は住宅地に囲まれた場所に存在するため、少し見つけにくいかもしれません。

野中古墳 | ぶら古墳 Vol.20 〜藤井寺市 百舌鳥古市古墳群〜

野中宮山古墳

野中宮山古墳

5世紀前半に築造されたとされる全長154mの前方後円墳。名前から想像できるように、古墳内に「野中神社」という神社が存在しています。

野中神社

また「野中宮山児童公園」として整備されており、特に桜のシーズンには多くの人で賑わい、地元に根付いた古墳となっています。

野中宮山古墳|ぶら古墳 Vol. 4 〜藤井寺市・百舌鳥古市古墳群〜

割塚古墳

割塚古墳

4世紀末~5世紀初めに築造されたとされる1辺30mの方墳。仲哀天皇を祭るとされる「岡ミサンザイ古墳」のすぐ南に存在します。




この位置関係から岡ミサンザイ古墳の倍塚と思われがちですが、割塚古墳の方が岡ミサンザイ古墳より100年ほど古く築造されているため、陪塚関係にはないようです。駐車場の隣に存在し案内板も設置されています。

割塚古墳|陪塚のようで陪塚でない古墳~藤井寺市・百舌鳥古市古墳群~

まとめ

上記に挙げた古墳の多くは飛鳥の都へ続く竹内街道沿いに多く築造されています。かつて都へ向かった人々は、多くの巨大古墳を目にすることにより、大和王権の巨大な権力を感じずにはいられなかったでしょう。

竹内街道

古墳の上に登ってみると、埋葬者がなぜこの地に古墳を築こうとしたのか、その気持ちが少しわかるかもしれませんね。



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